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「生還の証明」

2012-05-13 (Sun) | 19:48

 4月末の土日に、久住山に、3年ぶり(?)の家族恒例行事の登山に行って来たんだ。


 以前は、毎年春・秋辺りに仕事の都合をみて家族で計画を立てて出かけていたんだけど、一昨年の僕の病気の為にずっと中断したままになってたんだ。


 一昨年の退院直後は言うに及ばず、昨年ですらまだ、激しく体力を消耗する登山に対して自信を持てずにいるまま、仕事の忙しさもあって中断したままだったんだ。

 元々は両親の趣味のようなモノであり僕の楽しみであるわけでもないんだけども、それを僕の病気の為にずっと奪い取ってきたようなものなわけで、何処となく申し訳ない気持ちもあったんだ。


 で、鹿児島での大きなプラント工事を受注してる関係で、それがいよいよ5月中旬から本格的になってきて、これまでと違って相当に現場に張り付く時間が増える事も分かっていたから、思い切って4月末に行こうっていう事になってね。


 数年ぶりの登山は、僕にとっては、また違った意味があってね。

 要するに、「真の病からの復帰」を実感したいっていう思いをぶつける場なんだったわけ。

 なかなか言っても理解してもらえないと思うけど、一度死んだ体・脳っていうヤツは、他人様から見てまったく正常にしか映らないものだろうが、当人にしてみれば、「正常時の記憶」との符号を手探りながら生活しているような感覚であって、そのズレが激しいと異様なイライラ感が募ってしまうものなんだ。

 また、珠の現場肉体労働をすると自覚するんだけど、やはり、もはやこの体に筋力を持続的に維持させるのはかなりキツい。

 重いモノをずっと持ってられないのよ、以前と比べて著しく。



 だからこそ.......ここ(↓)に辿り着いた時は救われたような気持ちになったものだよ。



久住山頂
久住山頂



 この岩だらけの山頂から青い空に囲まれて眺める景色と白い煙と硫黄の匂い(↓)が僕の「あの世からの生還の証明」なんだ。



久住山頂からの風景
久住山頂からの風景



 道中は天候にも恵まれて眺め(↓)もよく気持ちよく登山出来たんだ。



久住登山道中 #1
久住登山道中 #1



 でも、相変わらずの物凄いロック・クライミング的コース(↓)には本当に疲れちゃった。



久住登山道中 #2
久住登山道中 #2



 宿泊は熊本県阿蘇郡高森町に移動して休暇村 南阿蘇(↓)にチェック・イン。



休暇村 南阿蘇
休暇村 南阿蘇



 宿の直ぐ傍には、こんなもの(↓)が........



休暇村 南阿内の満開の山桜
休暇村 南阿内の満開の山桜



 明くる日は、小学低学年以来の高千穂まで足を伸ばしてみたんだ。



 仕事でごく稀に日向方面に行く時に、幾度か高千穂は通った程度であって、何だか寂しい田舎町のイメージしか残っていなかったので、個人的には楽しみだったんだ。



 楽しみにしていた渓谷はこんな(↓)感じ。



高千穂渓 #1
高千穂渓#1


高千穂渓 #2
高千穂渓#2


高千穂渓 #3
高千穂渓#3


高千穂渓 #4
高千穂渓#4-----渓谷内にあった神社



 そして、最後は、皇室、そして我々日本人にとって最も神々しい場所であると言える天岩戸神社(↓)。



天岩戸神社



 で、いよいよ怒涛の5月に突入したっいう事で........

The Kinks - "Muswell Hillbillies"

2012-05-13 (Sun) | 17:40

 先日 ここ で Levon Helm (リヴォン・ヘルム)の死に際して述べた、The Band (ザ・バンド) がリヴォンを除く全てのメンバーが「カナダ人である=アメリカ人ではない」が故に到達出来得た「アメリカン・ミュージックの理想郷」-----好きで好きで、想い焦がれ尽したが故に、妄想と想像の果てに膨らんだような"完璧な美女"のモンタージュのような、ある種この世に存在し得ないキャラクターのような感覚を僕は持つのだけど-----について、同じような感覚を持っていた方もいたようでね。


 それは ここ を読んでみて下さい。


 上のリンク先でホンクの弦二さんが「アメリカンロックと言われながら、彼ら以前にはあんな音楽はアメリカのどこをさがしてもなかったんじゃないでしょうか?」って書いてらっしゃいますけど、それもそのはず。


 美しい瞳、美しい髪・抜群のスタイル......っていう具合に、「最高のパーツを、想像上で組み上げて捏造した、実際には何処にも存在していない想像上の完璧な美女」のような音楽が、ザ・バンドの音楽だったような気がするわけ。


 でもそれは、アウトサイダーであった(=カナダ人)であったが故に、アメリカ人以上にアメリカン・ミュージックを愛し、敬意を払い、研究もした者達の当然の帰結であり、恩賞でもあったんだと思う。



 そんな事を考えながら、強烈に僕の中に湧き上がってくる懐かしい一枚のアルバムがあった........



 出会った時の風景ははっきりと憶えている。


 そう........20代始めの頃、初めて訪れたLAの中古盤屋でこのアルバム(↓)を見つけた時は、飛び上がって喜んだものだよ。



The Kinks - Muswell Hillbillies
The Kinks - "Muswell Hillbillies"



 このアルバムは、The Beatles (ビートルズ) The Rolling Stones (ローリング・ストーンズ) The Who (フー)と並ぶブリティシュ4大バンドと呼ばれた偉大なバンド The Kinks (キンクス) が1971年にリリースした12thアルバムであり、又、Pye Records(パイ・レコード)を離れて初めてリリースしたアルバムとしても知られている。




 このアルバム・タイトルは-----よく知られた話であるが-----キンクスの中心を担う、Lennon/McCartney (レノン/マッカートニー)、Jaggar/Rechards (ジャガー/リチャーズ) と先を争うようにソングライティングを革新し、Pete Townsend (ピート・タウンゼント) ら、"半周遅れの後輩達"に絶大な影響を与えた偉大なソングライター兼、リード・ボーカリストである Ray Davis (レイ・デイヴィス) とその弟であり、リード・ギタリストでもある Dave Davis (デイヴ・デイヴィス) のデイヴィス兄弟の出身地であるロンドンのマスウェル・ヒルという地区に因んでいるのと同時に、マスウェル・ヒルビリィーズ=マスウェルの「田舎者達」=マスウェルのヒルビリー(ミュージック) っていうダブル・ミーニングの仕掛けなわけ。

 この仕掛けについて解説せずに、デイヴィス兄弟の出身地だっていう事だけでこのアルバム・タイトルの解説を済ませた文章が何と氾濫している事か!?


 このタイトルが暗示する『ロンドンっ子 or イギリス人としてのアメリカン・ミュージック』っていうテーマに気付きさえすれば、このアルバム・ジャケットも何を意味しているのかがすんなり理解できるはずだ。



 そうなんだ、あの時、LAの中古盤でこのアルバムを初めて手に取り、繁々とジャケットを見ていた僕は「ジャケットの意味=メッセージ」が解けたんだ。



 つまり........ジャケットに写る場所は、他でもない、彼の有名なイギリスの大衆酒場=パブだね。



 つまり、広義に言うと、後で言う処の パブ・ロック 的コンセプトを内包した「ブリティシュ−アメリカン・ミュージック」の提示。


 フォークやブルース、ジャズ、そしてカントリーといった"アメリカンなイディオム"と、ブラス・セクションまで導入したミュージック・ホール〜キャバレー・ミュージック的な手法と偉大な劇作家シェイクスピアと詩人ディラン・トーマスの国=イギリス的シアトリカル詩的世界観とで表現する"ブリティシュなイディオム"の掛け算によって生まれた素晴らしい名作・名演をギッシリ詰め込んだ大傑作アルバムだと思う。



 当時、傑作アルバムだという情報は「モノの本」で得てはいたものの、このレコードの実物を見る事は僕の住む環境の周辺では叶わなくてね。

 で、遠くロスの地で遭遇した時に初めてジャケットも見たっていうワケ。


 正に、イギリス人であるが故に作れたアメリカン・ミュージックなわけだよね、これ。


 だから、ザ・バンドから連想したっていうハナシ........

 これでストーリーが繋がったかな?



 さて、どれもこれも大好きな曲ばっかりだから紹介するのが困っちゃうね。


 取り合えず、一番取っ付き易いブルース・ベースなオープニング・トラックのこの曲(↓)から........




The Kinks - '20th Century Man'

(携帯の方は ここ)



 もし僕が病に倒れていなかったら........今頃はこの曲を演奏していたはずだよ。

 実際、歌詞を書き出してあったんだ。

 Sex Pistols (セックス・ピストルズ) の 'Anarchy In The U.K.' とメドレーにするつもりだったんだ。



 次は僕がこのアルバムで一番好きなカントリー・テイスト溢れるキンクスのステージの重要なレパートリーとしても知られるアルバム・タイトル・チューンであるこの曲(↓)。




The Kinks - 'Muswell hillbilly'

(携帯の方は ここ)


 最後は、ある意味、このアルバムのコンセプトを体現したナンバーであり、キンクスのその後-----ホーン・セクションをも含めた旅回り一座のようなバンド-----の方向性をも示唆していたナンバーであるこの曲(↓)を紹介しておこう。




The Kinks - 'Skin & Bones'

(携帯の方は ここ)



 この曲は、スタジオ・レコーディングとライヴ・レコーディングを組み合わせた、これまた魅力的な1972年の次作アルバム "Everybody's In Show-Biz" (↓)にゴキゲンなライヴ・ヴァージョンが収録されていたビーバップ・ブギーだ。



The Kinks - Everybody's In Show-Biz
The Kinks - "Everybody's In Show-Biz"



 今の若い子達にとって一番遠いロックの典型がこのキンクスのようなバンドなのかもしれない。


 キンクスの全盛期を知っている世代と知らない今の若い子達の間に挟まった僕のような世代とって、そんな悲しい事実が重く圧し掛かる。



 そして、日に日に、ホンモノを知らないまま「オリジナリティ」やら「感性」といった霊感商法的「誰も答が出せないが故にホンモノに見えてしまう or ニセモノとはバレない」ような便利なキャッチコピーを駆使したニセモノ・ミュージシャンや「音楽関係者」が巷に鼠算式に蔓延していくのを眺めているのは忍びない。



 ビートルズやストーンズ、ディラン辺りと比肩するキンクスの全盛期の名盤を一枚も聴いた事がないようなミュージシャンやら「音楽関係者」なんていうヤツがいたら、恥ずべきだと言いたい。



 だって悲しいよ。

僕が受け取ったモノ

2012-04-30 (Mon) | 17:24

 先日、ここ にミュージシャンとしての「初心」っていうヤツについてツラツラと書いてたけど........


 その時には、初めてボーナスで購入したドラム・マシーンを紹介してたけど、これ(↓)は、初めて購入したキーボードなんだよね。



Yamaha PSS-470
Yamaha PSS-470



 所謂『ポータサウンド』っていうヤツだね。


 但し、コイツを買う前にはちょっとした歴史があってね。


 遡る事1〜2年前-----ちょうど20歳を過ぎた頃だったろうか?-----大学3〜4回生にかけての頃の話、当時のバンドのベーシストの子から、確か彼のお兄さんの持ち物だったように記憶しているんだけど、カシオトーンの MT−40型-----後で知った話なんだけど、レゲエの世界では1985年に "スレンテン" という「超特大ヒット・リズム」にそのままプリセット・リズムを使用されて数え切れない位の曲に使い回されたマシーンとして「その筋」では有名になった-----という機種のチープなキーボードを長期に渡って『ハイジャック』する事に成功していた僕は、丁度その頃、運命的に出会っていた Todd Rundgren (トッド・ラングレン) や Frank Zappa (フランク・ザッパ) の "知ってはいても、聴けなかった数々の歴史的名盤" のリイシュー-----勿論アナログ・レコードの時代、それも、今となって振り返ればアナログ最後の時代だった-----から"感性というアンテナがキャツチ"したリッチなハーモニーと研ぎ澄まされたボイシング、凄まじいアレンジ能力と構成力に、まるで赤ちゃんが"ハイハイ"するが如く、初めて触ったキーボードに左指=1本 + 右指=2本で追随していたんだ。



 この時代を通過していなかったら、僕にハーモニーやアレンジの"全方位的ビジョン"は無かった思う。


 そう、二重の意味で重要な時期だったんだよね。



 つまり、鍵盤に手を掛けた事で、ハーモニーやアレンジがきちんと理解出来るようになり、単なるギタリスト的曲作り/アレンジの延長線から早い時期に脱却出来たのと同時に、「逆説的」に、鍵盤/アカデミック的思考回路からフィードバックした感覚で、ギタリスト特有の"アウト・オブ理論的"な複雑なハーモニー/アレンジに開眼するのも割とスムーズにその本質を理解し易かったんだ。

 要するに、双方-----"キーボード的"な世界と"ギター的"な世界-----を見比べながら or 行き来しながら"イイトコ取り"≒"全方位的ビジョン"らしきものを持つきっかけになったという事。



 そうやって購入した My First Keyboard の PSS-470 は結局25歳位まで使い倒してたなぁ。

 先日 ここ で紹介していたドラム・マシーンと、10代終わりの頃(大学1回生の頃)、最初のバンドを解散させた時にベーシストがベースを止めるっていうので2〜3千円で買上げたメーカー不詳のジャンク・ベースとエレクトリック・ギター、アコースティック・ギター×各1本に、タンバリンとマラカス、その他パーカッション少々にホーナーのGのハーモニカ、そして、カセット・テープ式8トラック・レコーダーと8トラック・コンソール(ミキサー)でずっと"粘って"いたんだよね、九州に戻って来て少しの間位まで........



 そんなローテクな時期と符号する頃=丁度九州に戻ってきて間もない頃、取りあえず機材をセッティングして、手始めに、弟の曲でも"やっつけて"みようかな----丁度、弟は僕と入れ違いに東京の専門学校に入学していたので、僕が落ち着いた頃に丁度最初の夏休みにで帰省してきた-----って頃合の酷く画質が悪い写真(↓)が残っていた。



Chocolate Flower Studio #3
Chocolate Flower Studio #3 1990



 テーブル上右手にどっしり鎮座しているのが、九州に帰って来るまで勤務していたとある一部上場ピアノ・メーカーで稼いだサラリーとボーナスのアリッタケをつぎ込んで購入した当時の僕の『ドリーム・マシーン』=TASCAM 238 だ。


 その上には、ドラム・マシーン Kawai R 50 IIIが 置いてあるみたいだね。



 上記リンク先の説明にあるように、カセット・テープを使用した8トラック・レコーダーなわけだから、そりゃ所謂「クロストーク」は凄まじいモノがあったよ。

 でも、このマシーンで初めてステレオ・レコーディングに足を踏み入れたんだ。

 だって、それまでのカセット・テープ式4トラック・マシーンだと、ピンポンの雨アラレで多重レコーディングしてた僕のようなスタイルだと事実上特定の楽器をステレオ・レコーディング出来るトラックの余裕は無いわけで........


 今となっては物凄いローテクな話-----実の処、今でもあまり変わってないんだが-----だけど、ギター用のペダル・エフェクターのリバーブをドラム・マシーンのスネア単独に掛けて、初めてリバーブ成分がステレオで広がって聴こえた時の純朴な感動を思い出すよ。


 そして、ハーモニーをすべてダブルでレコーディングした時の感動........



 あと、左側には、TASCAM M-208 8Input/4Buss/2Outputミキサーが見えるね。


 コイツでコンソールの構造や操作を覚えたんだよね。

 その時の経験が今でもずっと生きている。




 で........上にも書いたように、「鍵盤の世界」に入れ込めば入れ込む程、生々しく脈打つような「ギターの世界」を再訪し、「胸が張り裂けそうな位もの悲しい曲」を鍵盤で書けば書く程、その儚い最後の余韻をブチ壊すような「ギンギンで毒々しいメタリックな曲」をギターで書きなぐってしまう。


 13thや11thに肩入れしている日があると思えば、3コードに執着している日もあったりする。


 ファルセットを交えた猫なで声で攻める時と拡声器が振動するようなダーティな声を同じ1曲の中に共存させる誘惑に駆られる時もある。


 ずっとずっとそんな振幅を続けて生きてきている。


 そうなんだ。


 その「狂おしい振れ幅」こそが、ビートルズやドッド・ラングレンやフランク・ザッパやブライアン・ウィルソン、ピート・タウンゼント、ニール・ヤングなんかから僕が受け取った「バトン」なんだよね。



 今もこの記事を書きながら思い出しているんだ。



 18歳の頃、大学1回生の時、初めて組んだバンドで初めて演奏したレパートリー.........はっきりと憶えている。



   ・The Who - 'My Generation'
   ・Neil Young & Crazy Horse - 'Cowgirl In The Sand'
   ・David Bowie - 'Star'
   ・The Clash - 'I Fought The Law'
   ・T. Rex - 'Metal Guru'



 練習スタジオでこんなパンキッシュな曲を演って転げまわって汗かいた後、アパートではご近所迷惑にならないよう囁く様にしてmaj7を使った曲を1000円のマイクに向かって4トラック・マシーンのテープに刻んでいたっけ........

Pink Floyd - 'Echoes'

2012-04-23 (Mon) | 19:17

 先日、Pink Floyd (ピンク・フロイド) が1979年にリリースした大ベストセラー・アルバム "The Wall" (ザ・ウォール) の『コレクターズ・ボックス』なるモノがリリースされたそうでね。

 多くの60s〜70sのベテラン組と同様にキャリアの総括モードに突入しているフロイドは、去年から各アルバムのストレート・リイシューを始め、 "The Dark Side Of The Moonn" (邦題:「狂気」)"Wish You Were Here" (邦題: 「炎〜あなたがここにいてほしい」) の拡大版をリイシューして来ていたわけで........

 そこで、"満を持して" "狂気" と並ぶバンドのベストセラーであり、又、芸術的到達点とも認識されている "ザ・ウォール" の凄まじい拡大版-----何せ、CD6枚+DVD1枚の計7組-----をここに来て放ってきたっていう事らしい。



 で.......上記の通り、"ザ・ウォール"のオリジナル・リリースが1979年。



 これはよく憶えている。

 兎に角、何だか物凄い騒ぎになっていたのは九州の地方都市に息衝く10代半ばの僕にも届いていた。

 ラジオを少しばかりひねれば、シングル・カットされた 'Another Brick In The Wall (Part II)' がまた狂い咲きしたように大ヒットしてのが強烈に記憶に残っている。


 要は、マイケル君の"スリラー"並の歴史的メガヒット・アルバムだったんだよね。



 ただ......正直、大嫌いだったんだよね。


 
 まだ青い僕の感性がそれなりに、はっきりと肌で感じてた違和感-----方や同じ60s組でも Neil Young (ニール・ヤング)がアルバム "Rust Never Sleeps"(↓) (同じ1979年作)のB面で徹底的な爆音ギターでパンクスと対峙し、 'Hey Hey, My My' をガナッテおり、あの Paul McCartney (ポール・マッカートニー)でさえアルバム "Back To The Egg"(↓) (これも同じく1979年作)でやはりエネルギッシュなパンク/ニュー・ウェイヴ寄りな音を提示していたようなシーンの動向における場違い的違和感-----は、今の感覚でもあながち間違ってはいなかったんだと思うんだよね。



Neil Young & Crazy Horse - Rust Never Sleeps
Neil Young & Crazy Horse - Rust Never Sleeps



Wings-Back To The Egg
Wings - Back To The Egg




 結局の処、10代半ばの血気盛んな時期の当時の僕自身の次(↓)のような問いかけにこの違和感は集約されると思う。


 -----『何だよ、今回のフロイドのシングル 'Another Brick In The Wall (Part II)'の、ストーンズの 'ミス・ユー' より更に上を行く、この妙なダサさは?』


 鱈腹金掛けて、このクサさはないだろう?


 ワケの分からんコンセプトやらなんたらといった能書きはいいから、グッとくる音出してくれよ-----



 未だに この辺りのフロイドはダメ。


 僕にとってはギリギリ "Wish You Were Here" まで。

 特に、"Animals" 〜 "The Final Cut" の所謂 「ロジャー・ウォーターズ時代」はほとんど拷問に近い。


 そもそも、バンドのオリジナル・ギタリスト/ソングライターであり、狂気の天才=Syd Barrett (シド・バレット) のギターがうまくない + アート志向といった部分が化学反応した「音響的ジャム・バンド」的発想のベクトルを抱え続けた処にフロイドの本質はあったと思うんだよね。

 故に、プログレのカテゴリーに入れられていて常に強烈な違和感を感じさせる=独特の個性があるという特質を獲得し得たんだと思う。

 だって、他のプログレ・バンド(ex. イエスだとか、クリムゾンだとか etc)と違い、明らかに「演奏技術」に立脚する指向性を持ち得ない-----有体に言えばプログレというにはヘタという事-----バンドであり、効果音であったり、組曲といった「構成力」やジャム・セッションを切り取って再構成する「編集感覚」で勝負しているバンドなんだよね、根本が。


 故に、「何となく雰囲気勝負」的な部分が大きくて、音楽的「実」の部分と「飾り(=雰囲気)」の部分のバランス取りがうまく行った時には他の演奏重視一辺倒のバンドが絶対に到達出来ない境地(総合芸術とでもいうのか?)に到達出来るんだと思う。


 そんな「実」と「飾り」が絶妙なバランスで成立していたのは言うまでもなく最高傑作 "The Dark Side Of The Moon" だったと思う。

 また、その直前のこの曲(↓)もそうだと思う。




Pink Floyd - 'Echoes'

(携帯の方は ここ)



 ウーム、実にすばらしい20余分だよね?

 今時、これだけの「演奏」が出来るバンドがいる?

 それは演奏技術的な意味じゃないよ。

 だって、これっぽっちも難しい事やってないでしょう?

 技術的には、相当に簡単なレベルだけど、これをライヴの現場でリアルタイムで発想→演奏→構築し、それをレコーディングしたテープをエディトして壮大な「絵巻」=レコードを構築する技量は単なる演奏技術一辺倒のベクトルからは生み出し得ないと考えるなぁ。


 所謂、音響系という連中に絶大な影響を与えたのがよく分かるよね。

 だから、アンビエント系の打ち込み音楽演ってる連中にとってはフロイド=神みたいなものだもんね。


 さて、このすばらしい曲 'Echoes' のスタジオ・ヴァージョンは、1971年リリースのアルバム "Meddle" (邦題: 「おせっかい」)(↓)のB面全てを費やして収録されている。



Pink Floyd - Meddle
Pink Floyd - "Meddle"



 因みに、上に紹介したライヴ・ヴァージョンは、"Pink Floyd Live at Pompei" (ピンク・フロイド ライブ・アット・ポンペイ) という素晴らしい映像作品に収録されているものだ。


 僕は随分と昔、若い頃、NHKか何かで放送された時に録画したテープで繰り返し見たものだよ。


 今でも多分、DVDででも入手可能だろうから、ぜひ見てみる価値があると思うよ。



 さてさて、Folks, don't be sad about world, bye!

旅立ってしまった........

2012-04-20 (Fri) | 20:59

 Levon Helm (リヴォン・ヘルム) が旅立ってしまった昨日........

 アメリカンじゃない(=カナダ人-----ザ・バンドのメンバーはほとんどカナダ人だ)であるが故に達成可能であったある種の「アメリカン・ミュージックの理想郷」の見事な構築ぶりが素晴らしかった The Band (ザ・バンド) において一貫したアメリカ南部人(彼のみがアメリカ人、それも南部人だ!)としてのリアリティを添え続けてきた素晴らしいミュージシャン、ドラマーであり、ボーカリストでもあるリヴォン・ヘルムが亡くなってしまった。


 ちょっと前、Vic Bongo の女性ドラマーの Ado ちゃん が「リヴォン・ヘルムが好きでドラムを始めた」なんて言ってたっけ。


 今日はあまり書きたくない。



 取り敢えず、リヴォンが叩いたリズムの中ですごくグルーヴが好きだったこの曲(↓)を、The Last Waltz (ラスト・ワルツ) のヴァージョンで紹介しておく。




The Band - 'Up On Cripple Creek'

(携帯の方は ここ)

悲しい光景

2012-04-18 (Wed) | 00:05

 この前からずっと頭から離れない事をちょっと書きたい。

 まぁ別に書かなくても僕は痛くも痒くもないんだけれどもいいんだけど、書かなくちゃ何にもならないから書く。



 それは........ここ でもちょっとふれてた 4/2 に 柳川 cafe brown Sugar での島崎智子さんとそのOAを勤めてたシノブちゃんのステージでの事だったんだ。


 兎に角、信じられない位残念な有様をこの柳川シーンで目の当たりにしてしまったんだよね。


 事の本質を分かり易くする為、先に結論を述べておくと、あれ程酷いアコースティック・ピアノの音のライブを聴いた事はない と言っていい位、酷い音のピアノだったのが残念だったんだ。


 身を切って音を紡いでいるミュージシャン(=島崎さん、シノブちゃん)が可愛そうだよ、あれじゃ........



 では、まず、身近な処から話してみるとすると、想像してみてごらん。

 まずはあなたの目の前に新品のアコースティック・ギターの弦が1セットあるとしよう。

 では、そのセットを釘を使って壁に張ってみる事にしよう。

 で、首尾よく張れたとしよう。

 勿論、程よいテンションも稼げたとしよう。

 つまり、壁にアコギの弦をギターと同じようにセットしてみたという事。

 この段階で、このブログで僕が書きたい事を察知出来た人は見込みがあるね。



 さて、その壁に張った弦を指ないしフラット・ピックでピッキング(=掻き鳴らす)した時、どんな音がするだろうか?


 まぁ、多少なりとギターを触った事がある人なら100人中99人が分かるだろう?

 そうそう、「針金を爪なり、指なり、ピックが掠るような」ペナペナした音がするはずだよね?

 簡単に言うと、エレクトリック・ギターでアンプを通しさずに、エレキのみで弾いてるあの音と同じような音。



 何故だか分かるよね?


 ギターの音って弦の音じゃないよね?

 弦を弾いて出た音がボディという箱が「箱鳴り」している音を我々は聴いて「ギターの音」だと認識しているわけでね。



 故に、壁に弦だけ張っても、肝心要のボディがないものだから、死ぬまで待ってもギターの音はしない。



 じゃ、あの夜(4/2)にあのステージを見ていた人は、島崎さんとシノブちゃんが演奏したアップライトピアノを思い出して欲しい。


 どんな事情で誰があんな馬鹿な真似をしたのか知らないが、徹底的に天板から前板からまでカヴァーというカヴァーをはずされたアップライトピアノは、「壁に張られた弦だけのギター」と同じ状態だったわけ。


 あの夜のピアノの音の酷さは、もはやPAさんの技術力といった問題以前に、「根源的に、もはやあれはピアノの体をなしていない物体」だったという処に問題の本質があったわけなのは明らかだ。


 万に一つ、あのピアノが「鳴り過ぎ」て、会場の「音の問題」からミュートの効果を意図して「ボディの解体」に踏み切ったのなら、まだ理屈が分かった人間がやった事と理解は出来るのだが、それにしても、ピアニストにあんな音のピアノを演奏させては失礼千万だと僕は考える。


 実際、素人さんはいざ知らず、僕の耳には寒気がするような音だったんだよね。

 あれなら、電子ピアノなり、シンセサイザーのピアノのパッチで演奏して頂いた方が経費削減出来るだけ余程いい。


 万に一つ、あれがミュージシャン側から出たリクエストだったなら、残念ながら自分の商売道具を愛せない or 理解していない二流だとしか言いようがないね。



 もし、あの愚かしい行為が、ピアノのダイレクト音を少しでも直に大きく出したいという発想から来たモノだったとしたら........やはり、「素人の無知の極み」が音をメチャクチャにしたと言わざるを得ない、厳しいけど........


 そのような意図なら、簡単な事だよ。

 ピアノ本来の姿であるグランド・ピアノと違って、ずっと後の世になって簡易安物ヴァージョンとして登場した"ピアノらしきモノ"であるアップライト・ピアノは背中に向かって「箱鳴り」した音が抜けて行くような構造なわけなんだから、単純に、ピアノの向きを変えれば良かっただけ。

 つまり、客席にピアノの背中が向くようにセッティングするっていう事。


 あとは、演出上、ミュージシャンの顔が見えないとかがあったら、少しピアノを斜めに振って、衝立みたいなモノで音を反射させて客席に音が反響するようにセッティングすればいい。


 なんて簡単な事だよ。

 きちっと1つ1つセオリー通りにやれば、まともな音が出るものだよ。



 そうそう、シノブちゃんがブログで打楽器のようだったってチラって書いてたようだけど........


 確かに率直に言って、アコースティック・ピアノ本来のフクヨカなミッドロー〜ローのサスティンの効いた音とは似ても似つかない「安っぽいユーロビートに乗っかったバカチョン打ち込みデジタル・ピアノ」の音と大差ないハンマーでピアノ弦を叩くアタック音ばかりが耳につくような音だったとように感じられた。


 特に、若い女性にしては強烈に左手のアタックが強い島崎さんのベース・ラインが、同じ人の演奏と思えない程弱々しいかったのが残念だった。



 実は、僕は若い頃、アコースティック・ピアノのメーカーの営業マンだったんだ。

 そうなものだから、それ相応にはピアノの音と構造は分かっているつもりなんだよね。

 そりゃ、何十〜何百台もピアノの説明して売ってりゃ、それなりには詳しくなるよ。



 この柳川シーンであんな悲しい光景は見たくないよね。



 別にこんな事書かなくてもいいんだけど........

 書かなくちゃ、僕は何の為にここにいるのかって?

 いなくてもいいって声も聞こえてくるが........

 OK, it's up to You

ベースの醍醐味とは?

2012-04-15 (Sun) | 22:26

 この前 ここ で「ベース弾いてる時が楽しい」っていう事を書いてたけど、それについてちょっとばかり......



 僕はベーシストじゃないから、あまり大きな口は叩けない-----もっとも、ギタリストとすら思ってもいないのだが-----けど、兎角、最近の若い世代のベーシストの子達の話に耳を傾けてみると、やたらと『体に響く重低音』といった表現やら、『超絶スラップ』だといった表層的に"派手目"な言葉を口にする傾向が強いような気がして仕方ない気がする。


 若いベーシスト達の口にそんな表現が目立つ傾向とは一体何を表しているのだろうか?



 そう、僕なりに感じるのは、ギタリストの世界で言えば、やたらとサーカス紛いな演奏(≒無意味に早く弾く事に意味を見出そうとする事)を志向したり、一体何のコードを弾いているのかすら分からない程耳を麻痺させるような、楽曲に何の関係もない自己満足的な、無意味な爆音をタレ流す事を好むような連中と同じ「悪しき傾向」。



 そこで、何が僕にしてみれば、何がベースの「醍醐味」なのかっていう事を言わせてもらえば、『ハーモニー構築』手段としてのベースなんだよね。


 ハーモニー感が研ぎ済ませれてくれば、自ずと「串に刺したダンゴ」の数が最低限の3コ(要するに、ハーモニー=コードは最低3音が構成上必要)の上に幾つ載せるかによって(=テンション・コード)リッチなハーモニー感を得るようになってくるわけなんだけど........


 それらは、基本的にあくまでキーのコードの範疇で泳いでいくものなんだけど、ある意味、ベースって、逆転の発想的に、串の3コのダンゴの上に更にタンゴをトッピングして(=テンションを付けて)リッチなハーモニーを得るという「当たり前」な発想とは違い、串の一番下に無理やり別の店のダンゴ(=違うキーのルート音)を差し込む事にによって、突拍子もない新たなハーモニーをたった1音で得られる可能性を持っているっていう事なんだよね。



 例えれば、キー=Dの曲で、Dのコード(D-F#-A)の上に7thなり11thなりをトッピングしてテンション・コードを得てリッチなハーモニー感を得るというのはいたって正統的なメソッドなわけんだけど、ここで、Dのコードの処でたまさか間違って、or 意図的でも良いけど、ルートにGを持ってきたとしたら.....


 たったベースが発したルート1音で、そのコードは最早キー=Dすら遺脱してGmaj9というリッチなハーモニーに早変わりする事になるわけだ。


 これが、リズムとハーモニーの"両道掛かって"いるベースいう楽器の醍醐味だと思うなぁ。



 別にヘヴィな低音の快感なんて、ドロップ・チューニングした6弦のエレクトリック・ギターの爆音でも死ぬ程体感出来るし、それどころか、十分に右手にスナップを効かせたリズマーから繰り出される マーチンのアコースティック・ギターの1音下げのD音の6弦でも嫌ほど体感出来るってものだよ。



 では Buddy おやすみ。

「初心」

2012-04-05 (Thu) | 21:36

 この前チラっと顔を覗けた cafe brown sugar での島崎智子さんのライヴのOAの時のシノブちゃんの演奏する事への入り込み方が、そうそう、随分と昔どこかに置き忘れてきたモノを僕に思い出させて仕方がないような気がしてね。

 そんな事を感じながら、一緒に見ていた大先輩しゅん兄さんのお話は、未だ以ってバンドのマジックを信じて追いかけておられるようでね。


 僕はもうステージに立つ事は出来ないけど、まだまだ、火を噴くようなリズムを刻む事も出来るし、そこいら辺の連中が束になって100年掛かってても書けないような曲や詞を紡げる。


 僕にも僕なりの「初心」っていうヤツがあるんだけど、そんな事を思い出した夜だった。



 そんな僕の「初心」じゃないけど......これ(↓)。



Kawai R 50 III
Kawai R 50 III



 ウーム、懐かしいね。

 僕が新入社員の夏だから......23歳の夏か?

 初めて貰ったボーナスで購入した河合楽器製 R50III ドラム・マシーン。


 僕にとっても初めてのドラム・マシーンでね。

 それまでは、ヤマハのオモチャのようなポータサウンドの内蔵リズム-----チャカポコいってるだけの超チープなシロモノだけど、これが今の耳ではたまらないん-----で自宅録音に励む青春だったんだけど、このR50IIIでやっとプログラミングが出来るようになってね。

 つまり、それまでは、基本的にポータサウンドの内蔵プリセットリズム・パターンを延々とテープに録っておき、それに合わせてギターだの、キーボードだの、パーカッションだのをオーヴァーダヴしていくわけで、どんなリズム・チェンジがあっても、ベーシック・リズムは一定のチャカポコなわけで、その他「ウワモノ」(=ギターとかパーカッション、キーボード)で必死にリズムを強調しないとマヌケなわけで........

 でも、これでやっと1曲通して、イントロからAメロ→サビ→エンディングみたいな感じでプログラミングが出来るようになったんだ。


 音的には、一応PCM機だから、ホンモノっぽい音なんだけど、サンプリングが12ビットだったから、音が荒くて太い感じなところが今で言う処のヒップホップ的で好きだったんだ。


 個人的には、当時一斉を風靡した LinnDrum (リンドラム) に近いテイストを感じたものだよ。

 特に "E-Snare" というスネアのプログラムを本体内で思い切りチューンダウンすると、1980年前後に Todd Rundgren (トッド・ラングレン)が多用していたリンドラムのスネアの音とソックリなサウンドが得られて、興奮したりしたものだよ。



 兎に角、僕の「プログラミング街道」はここから始まったんだよね。


 但し、プログラミングしながら、肉体的な強靭なリズム・ワークを忘れた事はただの一度もない。

 Pete Townshend (ピート・タウンゼント)がそうでしょう?


 あれだけ早くシンセサイザーを導入し、自宅スタジオを持ったマルチ・プレイヤーでもある彼が、シンセサイザーとプログラミングの革新性を60s末には既に自宅レコーディングで育んでいた一方で、あの一級のリズムワークと両立させたわけなんだから........



 ちょっと話が外れちゃったけど、恐らく、このブログを読んで頂いている方々には、Wizard=熱烈なブライアン・ウィルソンとトッド・ラングレンのファンっていうイメージがあるんだと思うんだけど........

 勿論、それは正しい話だけど、ブライアンやトッドと同じ位、ピート・タウンゼントにも影響されているんだ。

 欲に、ギタリストとしての部分も大きいね。



 さてさて、ピートの話はまたそのうちにね。



 バイバイ

何かが足らない........

2012-03-18 (Sun) | 19:42

 この処、テレキャスターでずっとリズムを刻むのに夢中になってたんだ。

 でも、何が一番演奏してて楽しいかって言えば、「楽しい」っていう観点からいうとベースなんだよね、昔から。

 で、最近集中的にレコーディングしてる曲に山のようにテレキャスターのリズムの"オーケストラ"を録って、鬼のようなジャズ・ベースのピック弾きライン(僕はベースはピック弾き専門-----と言うより、ピック弾きしか出来ない-----だ!!)を録って、随分と70s黄金時代のブリティシュ・ロックの記憶を呼び戻すようなベーシック・トラックに仕上がりつつあって一人悦に入っていたんだけど........


 ウーム、何かが足らない........


 そうそう、余りにシングルコイル(=テレキャスター)の音で飽和しちゃってて、ハムバッカーの音が足らないと感じるようになったんだ。



 ちょっと例えが何かもしれないけど、アルバム "Black And Blue" 以降のストーンズに時々感じて来た感覚に近い気がする。


 要するに、ロン・ウッド加入以降、何だかシングルコイル系を持って、キース・リチャーズと同じような音で同じようなプレイをするロン・ウッドに対して、「キースは2人は要らないでしょう?」っていう感覚。


 逆に、ミック・テイラー時代は、ミック・テイラーはハムバッカー系のリード中心、キースはシングルコイルでリズム中心といった棲み分けがあってギター・サウンド的には一番良かったような気がする。


 そんな例えと同じで、ハムバッカーのリードラインでデコレーションしてあげれば随分と完成度が上がってくるんだと思って、久しぶりにテレキャスター以外のギター(↓)に手を伸ばしたんだ。



Recording with Greco Les Paul
Recording with Greco Les Paul


 そうそう、今やジャパン・ビンテージなんていうインチキ臭い呼称も罷り通っているようだけど、これぞ正真正銘のジャパン・ビンテージの1978年製のグレコ・レスポール・モデル。


 今手元にあるハムバッカーはこれしかないんだ。

 これにマクソンのアナログ・ディレイをプリアンプとして使い、プラスマーシャルのアンプ・シュミレーター+グヤトーン・ファズの2段掛けにクライベイビーでハードロックしちゃったよ。



 このグレコ・レス・ポールにマクソン・アナログ・ディレイ AD−150、グヤトーン・ファズ PS−030は本当に10代終わり〜20代前半には酷使したものだよ。

 特に、学生時代にバンドやってた頃は、これらにディストーションをもう一台足して、スタジオのマーシャルをフルテンにして1曲=30分とか1曲=60分の爆音をかましてたもんだよ。


 久しぶりに、昔を思い出しちゃったよ、もう若くはないけど........


 尚、念の為、アンプの上のホーナー・メロディカをハードロックで吹いたわけじゃありませんので、あしからず(笑)。



 最後に、上に書いた、ミック・テイラー時代のストーンズの曲で、ミック・テイラーのため息が出るような美しいギター・ソロをフューチャーしたこの曲(↓)を久しぶりに思い出したので紹介しておこう。




The Rolling Stones - 'Time Waits For No One'

(携帯の方は ここ)



 アルバム "Sticky Fingers" 収録の'Can't You Hear Me Knocking' 同様にサンタナの影響を感じさせるソロだよね。

「100パーセントな純度の楽しみ」

2012-03-15 (Thu) | 20:46

 広島に出張に行ってたんだ。

 広島って言っても、島根県との県境辺りの山間部でね。

 所謂「豪雪地帯」っていうヤツでね。

 空は晴れているっていうのに、あちらこちらに雪が残ってて、遠目に見える島根との県境の山々は真っ白でね。

 寒かったなぁ〜。


 でも......そんな忙しい日々を送っていても、少しずつレコーディングしてるんだ。

 昼間の間、運転していたりしてると色んなアレンジのアイデアが浮かんだりすると、夜、仕事から帰宅したら、少しだけでもトライしてみたりしてるんだ。


 この前なんて、とうとう、こんなヤツ(↓)まで引っ張り出してきちゃった........



Omnicord
Omnicord



 これ、オートハープ を電気化したような感じのイメージの電子楽器で オムニコード っていう珍しいヤツなんだよね。


 僕が持ってるヤツ(上の写真の茶色のモデル)は OM−27 っていう型番のレアな初代タイプなんだ。



 とあるレコーディング中の曲にアンビエントな感じの ダルシマー っぽい音がハマるっていうアイデアを思いついてね。

 で、ダルシマー⇒オートハープ⇒オムニコードという連想でオムニコードの事を久しぶりに思い出してね。



 こうやって、身の回りにあるものを使って、自分の演奏技術で「ドゥー・イット・ユアセルフ」で楽しんでレコーディングする事こそ、誰に迷惑を掛けるわけでもなく、誰に煩わされるわけでもなく、自分が自分の為に出す音の原点なんだよね。


 楽しいな。

 余計な言葉が介在しない「100パーセントな純度の楽しみ」には"手取り足取り"も必要なければ、譜面も必要ない。

 僕にはそんなものはずっと必要なかったんだもの。

 そうだろう?

社員旅行

2012-03-11 (Sun) | 19:24

 そうそう、2〜3週間位前、社員旅行で長崎に行ってきたんだ。


 まずは御馴染み眼鏡橋(↓)。



眼鏡橋
眼鏡橋



 中国関係の博物館の長崎孔子廟(↓)も興味深い展示品が多かったよ。



長崎孔子廟
長崎孔子廟



 で、お楽しみはお昼ご飯------前から行きたかったここ(↓)に、遂に行ったんだ。



四海樓
四海樓


 長崎市にある、中華料理店 四海樓 さん。



 これが、彼の有名なちゃんぽんと皿うどん。



四海樓ちゃんぽん
四海樓ちゃんぽん



四海樓皿うどん
四海樓皿うどん



 量は凄く多いよ。

 味の方は、巷のちゃんぽんが如何にラーメンとかの他の麺類の味に毒され(=影響されてしまって)いるのかがよく分かる、「本当はこうだったのか?」っていう感じの素朴な味だね。



 明くる日は 長崎ペンギン水族館 (↓)にも立ち寄ったんだ。



長崎ペンギン水族館
長崎ペンギン水族館



長崎ペンギン水族館のペンギン
ペンギンの群れ



 久しぶりに気分転換したなぁ〜。

Should I stay or Should I go?

2012-03-11 (Sun) | 18:37

 この処このブログもこぶさたばっかりだね。

 何だかもうモチベーションが保ち難くてね、最近。

 書き続けるのにね........



 書くのがきつくなってきたんだ。

 蒔いても蒔いても芽吹かない、自分一人が見下ろす高台から見下ろす誰一人見えない荒野のような場所に「可愛さ」だけでボランティアーを続けていくのも体力がいるってものだよ。



 思い起こしてみれば、元々、「自分が自分の為」に、「好きなように好きな事を楽しむ」って事は、誰にも迷惑かけずに若い頃からずっと続けてきた事なんだから、何故に、その「好きな事」を手間隙と時間とコストを掛けて他人と分かち合わなくちゃいけないんだろうか?

 ウーム、一体何の為に、「二度と........」っていうあの誓いを破ったんだろう。


 その虚しさの狭間に片手間でボランティアーを続ける事が出来る程、僕の脳に余力はないんだ。


 そこでじっと息を潜めている君-----Should I stay or Should I go?


 
 さて、話題はガラって変わるけど、今日3月11日は、世の中ずっと「震災の日」っていう事で永遠に語り継がれるんだろうけど、僕の誕生日でもあるのだ。

 早いもので、あの世からUターンしてから2度目の誕生日が来た。

 そしてお陰様で47歳となりました。

 そして歳をとってまた1ヶ月もすれば 『命日』(4/6) がやってくる。

 この時期は何とも複雑な心境になる。


 でも、昨日はお誕生ケーキ(↓)を食べれたから、少しばかり息抜きもできたんだ。



2012-03-10 お誕生会ケーキ



 で、3.11で思う事を1つ。


 何だか相も変わらず「クサい輩」が至る処に虫のように湧き出てきた1年間だったような印象なんだよね。

 ここ でも触れていたようなヘドが出るような「チャリティ野郎」や我競って"炊き出し"だとかいう名目で「営業」に勤しんでいた芸能人だの歌手、フォーク・ポップ系の連中も潮が引くようにすっかりその「営業」の舞台をTV等に戻した現在、一体どれくらいの連中が地道に募金活動なんかを続けているんだろうか?

 そして、まるでアップル社の新製品にでも群がる消費者のような様相を呈していた「節電グッズ」のファション的人気に飛びついた連中の中で、一体どれ位の人が恒常的に節電を心がけているんだろうか?


 そして、最も胸糞悪かったのが、あのやたらと連呼された「絆」とかいう言葉。

 「絆」と「絆」と連呼して「がんばろう日本」なんて言う片方で、別に大して危ないわけでもないのに東北の野菜を買わないヤツやら、余力があるのにそれほど危険でもない瓦礫の受け入れ拒否をして、「クサいモノ」をタライ回ししようとする連中。


 そして、福島の住人で仕方なく家に帰れない方ならまだしも、東京や千葉・埼玉辺りから九州や四国が安全だという事で、さも放射能危機を煽るようにして率先して逃げ出す輩。


 誰が悪いとは言えないが、胸糞悪い。

 結局自分の事ばっかり。


 それはそれでOK。

 OK、それが資本主義ってもんだ。

 だったら、「絆」なんて知ったような顔して連呼するなよ。

 世の中「金」だって位言ってみろよ。

 その方が余程正直者だぜ。

今は今なりに........

2012-02-24 (Fri) | 23:43

 声は失ってしまったけど、リズムまでは失ってなかった........



Fendr Hot Rod Deville 212


 唄えはしないけど、ハーモニーは幾らでも聴こえてくる。


 いまだギター・ソロにはさほど興味はないけど、若い頃と変わらない位、解読不能なモールス信号のようなホットなリズムをテープ(ウーム、今は磁気ディスクか?)に残す事は出来ている。


 そう簡単に僕のリズムやハーモニーをモノには出来ないよ。

再開

2012-02-19 (Sun) | 10:36

 ついこの前 ここ で「本当の意味のソウル・ミュージック」について書いたばっかりだったというのに、実に計ったようなタイミングでホイットニー・ヒューストンが逝ってしまった。


 彼女については、その歌声にはっきりと、ただの一度も「ソウル」を感じた事はない。

 持って生まれた天才的才能が有りながら、「芸能界的」世界をチョイスして「ソウル」を売って得た莫大な富に溺れて身を崩した典型なわけで........

 まったく同じような手合いがマイケル・ジャクソンだったわけなんだけど、こちらも同じで、70s後期(要するにアルバム"Off The Wall")以降に、そのボーカルからただの一度も「ソウル」を感じた事はない。


 ただ、マイケルの場合は、ジャクソン・ファイブ時代にソウル溢れる素晴らしい曲を残していたのがせめてもの救いだったように思える。



 さてさて、昨年から計画している 引退アルバム の作業を少しずつ再開し始めているんだ。


'12-02-19 Recording At Vhocolate Flower Studio #5
Recording At Chocolate Flower Studio #5



 年末〜年始にかけての怒涛のような忙しさの中、ずっと中断したままだったんだけど........


 夏位までには何とか完成させたいものだね。

 何せ、一人で曲書いて、アレンジして、機材のセッティングして、演奏して、唄って、ハモって(ボーカルはもうほとんど出来ないけど........)、ミックスして、片付けて、マスタリングして、何度も聴いてまた手直ししてってな具合でね。


 結構な時間が掛かるんだよね、ワンマン・レコーディングって........


 でも、そこにしかない楽しみもあるっていうのもまた事実。


 では、もし期待してる人がいれば、待っててね。

ソウルの意味

2012-02-05 (Sun) | 19:23

 ちょっと前にオーダーしていたこれらのアルバム(↓)が先週手元に届いてからというもの、久しぶりにどっぷりと"ホンモノの"ソウル・ミュージックに浸かりきっているんだ。



VA - The Fame Studios Story 1961-1973
VA - "The Fame Studios Story 1961-1973"



Candi Staton - Evidence: The Complete Fame Record Masters
Candi Staton - "Evidence: The Complete Fame Record Masters"



Bobby Charles - Better Days
Bobby Charles - "Better Days"



 アラバマ州 マッスル・ショールズ という地名を聞いただけで、ある種の感慨を覚え、その芳醇なリズムと味わい深い数々の名曲を思い出す方も沢山いるんだと思う。

 それ程60s〜70sにかけて商業的にも芸術的にもサザン・ソウルを中心とした多くのヒット曲や多くの白人ミュージシュンやシンガー達の「マッスル・ショールズ詣で」による名盤で一世を風靡した「ホットな」場所だったわけなんだ。


 そこでぜひ理解しておいて欲しいのは、一部の無知なブルース・ファンが初期のカントリーやヒルビリー・ミュージックが「アイルランドを起源とする白人独自のブルース」であり、「アフリカを起源とする黒人独自のブルース」(=現在、巷で戦前ブルースなどと呼ばれている類の音楽)と互いに影響を与え合いながら今日のカントリーやブルースとよばれる姿に至っているてるという事実を知らないまま、"自分のツウ振りを証明する"が為に「黒人のブルースがホンモノなんだよね」なんていう無知な台詞を吐くのとよく似て、「モータウン はポップで白っぽくて、スタックス とかのイナたいサザン・ソウルこそが真に黒人らしいソウル・ミュージックなんだよね。」なんて知ったような事を言う輩を随今まで随分と見てきた。



 が、彼等も全然分かっていない。


 実際の処、スタックスにしても、上で紹介している最初の2枚を初めマッスル・ショールズのフェイム・スタジオで製作された数々の名作のほとんどは、多く白人ソングライターや白人スタジオ・ミュージシャン達と黒人シンガー・ミュージシャン、白人プロデューサーとエンジニア達の南部的なレイドバックした共同体精神に基ずく共同作業によってレコーディングされているわけ。

 つまり、南部産の"ホンモノの"ソウル・ミュージックには人種の枠なんてのは最初からないわけで、そんな有りもしない枠をさも有るようにシタリ顔してウンチクを語っているのが我が国に多く生息する「勉強不足な」石頭なブラック・ミュージック・ファンの実態なんだよね。



 で、最初に紹介している "The Fame Studios Story 1961-1973" にはそういった意味で黒白、色んな意味でのソウル・ミュージックがギッシリ詰まっている。


 まずは取りあえず、フェイム・スタジオ製作でシーンに激震を与えたという意味で歴史的な1曲と言えば文句無しにこの名曲(↓)だよね。




Aretha Franklin -'I Never Loved A Man (The Way I Love You)'

(携帯の方は ここ)


 この曲はアレサがアトランティック・レコードに移籍して最初のシングルとして1967年にリリースされ、ビルボードのR&BとHot100の双方でトップテンに入ったクロスオーヴァー・ヒットだ。

 勿論フェイムの音を作っているのは Rick Hall (リック・ホール) (白人)だし、ミュージシャンも全員白人。

 特に、この名曲のイントロに聞かれるもはや「歴史的リック」と化している ウォーリッツァーのエレクトリック・ピアノ を演奏しているのは、近年は Neil Young (ニール・ヤング) ともよく活動を共にしている様子な >Spooner Oldham (スプーナー・オールダム) はホワイト・ソウルのキー・パースンの一人だよね。


 そういった意味では、このシングルが歴史的なのは、B面におびただしい数のカヴァー・ヴァージョンを生んだ白人ライターの名曲(↓)が収録されていた事も見逃せない。




Aretha Franklin - 'Do Right Woman-Do Right Man'

(携帯の方は ここ)



 この曲を書いたのは、ここ でも紹介していたサザン・ソウル・クラシック James Carr (ジェイムズ・カー)の 'The Dark End Of The Street' を書いた Dan Penn (ダン・ペン) と Chips Moman (チップス・モーマン) という2人の白人だ。

 因みに、チップスに付いては先日 ここ でも触れていたよね?



 さてさて、フェイム最初期のヒット曲で有名なのはローリング・ストーンズにカヴァーされた味わい深いこの曲(↓)。




Arthur Alexander - 'You Better Move On'

(携帯の方は ここ)



 この曲辺りを聴くと、黒人にもカントリー・ミュージックが随分と影響を与えているのがよく分かる。


 また、このアーサー・アレキサンダーっていうシンガーはビートルズにもカヴァーされていたよね?




Arthur Alexander - 'Anna'

(携帯の方は ここ)



 さてさて、伝えたい事を夢中になって書いてたら、時間が随分と経っちゃった........




 2枚目の Candi Staton (キャンディ・ステイトン) のCD2枚組はフェイムに残したレコーディングの「コンプリートもの」なんだ。


 これらキャンディのフェイムものは、僕が若い頃からブラック・ミュージック関連誌では「サザン・ソウルの至宝」だとか、「ソウル究極の名盤」といった形容詞を植えつけられてきた音源なんだ。

 ホンの一部は聴いた事はあったものの、長らく正規盤が手軽に入手出来るっていうわけでもなく、今回やっと辿り着いたっていう感じ。


 ウンウン........確かに、この曲、このボーカル、この演奏、この音で文句付けようがないよね。


 今の処、僕が聴いた途端にノックアウトされたこの素晴らしい曲(↓)を紹介しておこう。




Candi Staton - 'You Don't Love Me No More'

(携帯の方は ここ)



 そして最後は、アメリカン・ミュージックの桃源郷のようなレーベル Bearsville(ベアズヴィル)・レーベル のに残っていた『もう1つの名盤』が、僕のヒーローの一人、Bobby Charles(ボビー・チャールズ) の "Better Days" という未発表曲集。


 1972年に同じベアズヴィルからリリースした彼の有名な超・超・超・超・超名盤 "Bobby Charles" (↓)とそのまま地続きのような素晴らしい曲と演奏が見事にパッケージされていて、いつまでも聴き続けていたくなってしまう。



Bobby Charles - Bobby Charles
Bobby Charles - "Bobby Charles"



 この素晴らしい"ニュー・アルバム"からこの曲(↓)を紹介しておこう。




Bobby Charles - 'You Came Along'

(携帯の方は ここ)



 そうそう、そしてまたボビーも、50s〜60sのニュー・オーリーンズR&B全盛時代のシーンを盛立てた白人ソングライターの一人だったよね。



 これで今日のレビューがちゃんと繋がった一つのストーリーらしきものになったでしょう?

 何分、こちとら脳がイカれた体内に石を抱えたオジサンだものでね。

 いつもの如く拙文をご容赦を........



 音楽を初め、芸術の根幹にあるモノは、感情を何か(言葉や音や色等)を媒体にして表現するのに如何にして「ありふれた月並み凡庸な表現から遠ざかる技術」と感情≒魂≒ソウルを一瞬にして他人に喚起させる「瞬発性の単純化」の両立に負っているわけだから........



 だから、People, get together around the real music.



 P.S.



 さて、おまけとして、フェイムでレコーディングされたこの超有名曲の凄まじいカヴァー(↓)を紹介しておこう。




Wilson Pickett - 'Hey Jude'

(携帯の方は ここ)



 因みに、この曲でギターを弾いている(後半に長いギター・ソロ有り)はあの Duane Allman (デュアン・オールマン) なんだよね。


 結構有名な話なんだけど、デュアンは、The Allman Brothers Band (オールマン・ブラザーズ・バンド) 以前にフェイムでスタジオ・ミュージシャンをやっていたので、このウィルソン・ピケット版の 'Hey Jude' でも彼のギターがフューチャーされているというわけ。

 そもそもこのカヴァーをピケットに勧めたのがデュアンその人だつたという話もある。



 では、今日はもう疲れちゃったよ。

 おやすみ。

Bruce Cockburn - "High Winds White Sky"

2012-02-05 (Sun) | 12:14

 2〜3日前、凄く雪が降ったよね?

 あの日、会社の窓越しに積もった雪を見ていたら、ふと、このアルバム(↓)の事を思い出したんだ。



Bruce Cockburn - High Winds White Sky
Bruce Cockburn - "High Winds White Sky"



 この雪景色の印象的なジャケットを持つアルバムは、カナダの才能溢れるシンガー・ソングライター/ギタリストである Bruce Cockburn (ブルース・コバーン) が1971年に2nd アルバムとしてリリースした名盤だ。


 このカナダの寒々とした静寂の中をひっそりと放浪する男(=ブルース?)の構図はそのまま収録された音楽をよく表わしているように思える。


 彼の場合、単なる弾き語り主体のシンガー・ソングライターと違い、ボストンのバークリー音楽院でジャズを学んだ経歴からか、活動初期から驚くほどアコースティック・ギター一本でハーモニー感豊かな音を出していたと思う。

 また、アコースティック・ギタリストとの腕も一級品だと思う。


 そこら辺が、Am - G - Fといった3和音一辺倒の乏しい音楽性をクソみたいな人生哲学らしき戯言で補わざるを得ない某N淵やO崎辺りとは違うんだよ。


 アノ手のフォークだの、ニューミュージックだのJ-Popだの-----呼び名はなんでもいいが-----といった連中は、結局の処、早い事言うと、『イチ・ヨン・ゴ』しか耳が受付けないような進化を遂げた人種じゃないのかね?

 そもそも、この時点で既に『イチ・ヨン・ゴ』の意味が分からないのでは?

 ハイハイ........イチ=1度 ヨン=4度 ゴ=5度って事。

 これでも多分分からない位、年から年中 Am のアルペジオをチンタラ弾いて喜んでいるか、他人のビートを盗むだけで喜んでいるか、御目出度いよね。


 例えばキーCとすれば、1度=C 4度=F 5度=G っていう事。

 つまりC−F−G−Amとかの3和音しか受け付けないという例え。



 さてさて、また横道にそれちゃったけど、そんなブルースの素晴らしいハーモニー感とアコースティック・ギタリストぶりを堪能できるこのアルバムのオープニングに収録されているこの曲(↓)を紹介しておこう。




Bruce Cockburn - 'Happy Good Morning Blues'

(携帯の方は ここ)


 あと、このアルバムには Tom Rush (トム・ラッシュ)Anne Murray (アン・マレー) にカヴァーされた味わい深い小品(↓)もある。




Bruce Cockburn - 'One Day I Walk'

(携帯の方は ここ)



 最後に、このアルバムに収録されている曲では、上に紹介した "High Winds White Sky" と並び大好きなナンバー(↓)を紹介しておしまいにしておこう。




Bruce Cockburn - 'Love Song'

(携帯の方は ここ)

Like A Roling Stone

2012-02-05 (Sun) | 10:25

 いやはや、一昨日の夜、家族に病院に運び込まれたんだ。

 左後の腰〜背中に異様な痛みを感じてね。

 所謂、腰痛のような"ピクッ"っとか"ギクッ"っていう類の痛みじゃなくて、ずっと刺すような激しい痛みが継続したまま、やり場がない感じで「殺してくれ」っていう位辛くてね。

 兎に角10秒とじっとしてらなくて、横になって寝てすらいられないような状態なんだ。


 で、レントゲンを撮ってもらい、尿検査とかしたら、何と......『石』だった........

 腎臓に2個と尿道に1個........


 そりゃ、痛いはずだよ。


 で、夜間外来の医師が言うには、痛み止めの座薬でごまかしつつ、自然に石が"流れる"のを待つしかないらしくてね。


 が、その痛め止めが切れるとまた「例の痛み」が襲ってくる。

 残念な事に、今現在(2/5: 日曜 朝)でもまだ痛いので、石は流れていないようなんだ。


 ウーム、何かこの現世で僕は何か恨みを飼っているのかね?

 次から次にあっちこっちがイカレてしまう。



 で、面白いのは、痛い位置が少しずつ移動しているんだよね。

 それって、石がゴロゴロ転がって動いているっていう事だよね?

 これぞ正に-----Like A Roling Stone-----っていうものだ。

広島日帰り出張

2012-02-01 (Wed) | 10:01

 何だか年末年始の忙しさが続いたまま、そこから抜け出せないまま日々が過ぎて行ってる僕、Wizardです。


 で、そんな忙しさの中、先日、昨年来弟と二人三脚で取組んできたビッグプロジェクトを漸く1億余りで受注出来た処でね。

 ずっと引っ張り廻されてきた案件だったので漸く決着が付いて一安心っていう感じでね、お陰様で。


 そこで間髪入れずに舞い込んできたの、が数日前の日帰りの広島出張でね。

 車で行って来たので、これがかなりシンドい出張でね。


 折りしも、丁度、山陰地方に物凄い積雪を記録していた時だったから、運転中の山陽自動車道から視界に入ってくる中国山脈の真っ白なこと。

 勿論、広島側も、降ってる雨が時折ミゾレに変わるような天候でね。



 そんな中、お昼に立寄った宮島SAで頂いたこれ(↓)が美味しくてね。



宮島IC 牡蠣醤油ラーメン
牡蠣しょうゆラーメン+穴子丼



 SAの食事だから全然期待せずに仕方なしにオーダーしたっていうのが本当の処だったんだけど、以外(!?)と美味しくてね。

 勿論、広島名物の牡蠣がたっぷりと入っててね。

 穴子丼の方もさっぱりとした味付けでよかった。

 この食事でシンドい思いをした甲斐があったっていうモノだよ。



 食後に、SA脇の展望台から瀬戸内海(↓)を眺めてみた。


宮島ICからの瀬戸内海
宮島SAからの瀬戸内海



あいにくの天候だったからアレなんだけど........

彼の有名な厳島神社はとてもこの場所から肉眼で見えるような距離じゃなくね。

因みに、位置的にき写真右中央辺りに位置する事になるはずだ。


あと、この写真ではわからないけど、海では、辺り一面で牡蠣の養殖をしている様子が確認出来たんだ。

紙の世界のコミュニケーション

2012-01-21 (Sat) | 20:33

 昨日だったか? フィルムで有名なアメリカのイーストマン・コダック社が倒産したんだよね。


 何だか、電子書籍だとか、新曲の「配信」だといった言葉が当たり前のように聞かれるような世の中になった昨今を象徴するような事件なのかもしれないね。



 個人的には仕事上、四六時中、A2やA1サイズの図面だの、見積書や事業計画書・コスト試算表のような書類を作成し、その手の書類をユーザー相手に提示し、説明する事が多いので、経験上、紙じゃないと「人と人の共通認識獲得」は非常に困難であるのはよくわかっている。


 故に、ある意味、現代の豊かなデジタル技術の恩恵はデーターの「圧倒的省スペース保管庫」としての側面と捉えつつ、アナログ的な「紙の世界のコミュニケーション」も相変わらず併用するしかないのが「人間の人間たる処」なんだと思うことしきりなんだ。



 でも、皮肉な事に、世界初のデジカメを開発したのもコダック社だったんだって。



 で、コダックって言うと思い出す事が2つある。


 
 1つは Paul McCartney (ポール・マッカートニー) の最初の奥さん(1998年に癌で死んじゃったけど.......)だった Linda McCartney (リンダ・マッカートニー) が、その旧姓が Linda Eastman (リンダ・イーストマン)だった事とポールとの結婚前はプロのカメラマンとして有名だった事から、イーストマン・コダック社の一族だと思われていたというエピソードなんだ。



 もう1つは、勿論、曲タイトルがスバリ、コダック社のドル箱製品だった彼の有名なフィルム『コダクローム』だというこの素晴らしい1973年の大ヒット曲(↓)。




Paul Simon - 'Kodachrome'


(携帯の方は ここ)



 ウーム、実によく練られた曲だよね。

 ポール・サイモンって、本当、年に数曲〜十曲程度しか曲を書かないんだって.......


 要するに、1曲書いてはあっちこっちに手を入れて推敲して完成度を高めるタイプらしいんだよね。


 この曲も、ちょっと聴いた時はポップ・フォークみたいな感触なんだけど、実に巧みに50sのドゥーワップやゴスペルのフィーリングやレゲエのリズムが忍ばせてある。

 本当に彼は職人だよね。


 そう、何処と無く、「紙にプリントされた鮮やかな写真」を提供する職人肌のカメラマンのような........

Dusty Springfield - "Dusty In Memphis"

2012-01-18 (Wed) | 23:11

 先日、ここ で僕が伝えたかった「いい曲」に対するミュージシャンとしての「畏敬の念」と「嗅覚」の鋭さという意味では、そのリンク先の記事で紹介した Dusty Springfield (ダスティ・スプリングフィールド) -----僕は基本的に何の思入れも無いシンガーではあるんだけど-----はそのホワイト・ソウル的視質も相俟って興味深いリリースをいくつか残しているシンガーでもあるわけで........


 で、今日紹介したいのは、そんな彼女が1969年にリリースした「決定的」名盤と評価されているこのアルバム(↓)なんだ。



Dusty Springfield - Dusty In Memphis
Dusty Springfield - "Dusty In Memphis"



 このアルバムは僕が最も敬愛するプロデューサーの一人 Chips Morman (チップス・モーマン)所有のメンフィスの American Sound Studios (アメリカン・サウンド・スタジオ) でアメリカ南部の芳醇なバックグラウンドに立脚した音を奏でるミュージシャン達をバックに吹き込まれたアルバムとして有名な名盤だ。



 ある意味、そのチップス自身をプロデューサーに立てて、同じ頃に、同じアメリカン・サウンド・スタジオで、同じミュージシャン達を使ってレコーディングされた Elvis Presley (エルヴィス・プレスリー)のスワンプ・ロック/ルーツ・ロックの歴史的傑作である 1969年のメンフィス・セッション の「兄弟アルバム」的な側面を持っているとも言えると思う。


 尤も、南部生まれの南部育ちで "食べる物から着る物" までがブラック・カルチャー一色の青春時代を南部ブラック・カルチャーの中心地メンフィスで過ごした「筋金入り」のエルヴィスとイギリス人の白人女性ダスティでは当然、その「ブラックネス」の表現方法に相当の差異があって然るべきだとは思う。


 思うに彼女は、自分自身のシンガーとしての力量と内面から湧き出てくる「何か」をシンガーとして調和させようとした時、黒人的にガナりたてる手合いの典型的なBlue-Eyed Soul(=白人ソウル)シンガーとは違う感情表現を模索したんだと思う。

 結果、彼女のボーカル・スタイルは、決して「たたみ掛けるようなアドリブ」を主体とする典型的ソウル・マナーに傾倒する事なく、その半ば擦れて「途中で途切れてしまったかのような」生命線にも似たハスキーな声質による「抑制した感情表現によるソウル・ミュージック」とでも言うべき独自のホワイト・ソウルの域に達していると感じる。


 例えれば、やたらと音数を詰め込んだ早弾きスタイルのギター・ソロより、少ない音数とビィヴラートや「間」の取り方による豊かな感情表現を選択した Paul Kossoff (ポール・コゾフ) のスタイルに近いフィーリングを感じてしまう。


 で、まず以って、このアルバム収録曲で一番有名なシングル盤としてヒットしたこの魅力的な曲(↓)を紹介しておきたい。




Dusty Springfield - 'Son Of A Preacher Man'

(携帯の方は ここ)



 上で述べた通り、南部産の芳醇なトラックは格別な味わいがあるわけなんだけど、そんな素晴らしい演奏と同時に、素晴らしい曲を提供したソングライター陣もまた"豪華"なんだよね。



 Gerry Goffin-Carole King 作が4曲、Barry Mann-Cynthia Weil作が1曲、Burt Bacharach-Hal David作が1曲に、オマケにRandy Newman (ランディ・ニューマン)作も2曲ある。

 そりゃ、悪くなりようがないよ、これだけのソングライター陣がとっておきの曲を持ち寄って南部の凄腕ミュージシャン達がソウルを込めて演奏すれば........


 そんな名曲・名演のオンパレードのこの名盤の中で僕が一番大好きなのは........やっぱり、キャロル・キングのソウル趣味全開なこの名曲(↓)。




Dusty in Memphis - 'No Easy Way Down'

(携帯の方は ここ)



 いや〜、先日紹介した 'Some Of Your Lovin'' と同様ににタメ息が出るような素晴らしくソウルフルな曲だね。


 キャロルはあと1曲、この素晴らしいアルバムのクロージングに相応しいエース級の作品 'I Can't Make It Alone' も提供しているんだけど、残念ながら YouTube では発見出来ず、ここでは紹介出来ないんだ。



 代わりにと言ってはなんたけど、オープニングにバリー・マンが提供したコード・チェンジの仕方が他人と思えない重厚なこの作品(↓)を紹介しておこう。




Dusty Springfield - Just A Little Lovin'

(携帯の方は ここ)



 こうやって紐解いていくと、ビートルズがアメリカ征服をはたした1964年以降、自作自演がヒップ(=格好いい)になったシーンから徐々に弾き飛ばされていったニューヨークを中心としたあの素晴らしき職業ソングライター達が60sも終焉をむかえようとしていた時代に、南部という新しいトレンドのサウンドの元に総結集して「最後の花」を咲かせたようなアルバムだったとも言えるとも思う。


 勿論、懸命なリスナーならお分かりなはずだろうけど、このアルバムを「最後の花」としてそんな職業ライター達はほとんどが水面下に潜って行ったわけだけど........ところがどっこい、次のページをめくってみれば........今度は、そんな職業ライター達が-----キャロル・キングを例に取るまでもなく-----自作自演アーティストに転身してぞくぞくと自分名義の「唄う」アルバムをリリースし出す70sが到来したんだよね。


 この70s初頭の現象を俗に「シンガー・ソングライター」ブームと呼んだわけなんだけど。

 その実態は、ビートルズ以降のシーンの地殻変動によって需要が減った裏方が自らが表に出て(=自分自身が需要元になり、自分自身で供給するという事)行かざるをえなくなった現象という側面があったというわけなんだよね。



 さてさて、僕が一番言いたかったのは、兎に角、いい曲がない事には音楽にならないっていう事。

 その為には、いい曲が分かるようになって欲しいし、出来得るなら、いい曲が書けるようになって欲しい。

 極論すれば、演奏も唄も取替え可能だが、曲は書いた人の唯一無比の物だから、リプレイスが効かない。

 故に、いい曲の元に集まってきたプレイヤー集団の研ぎ澄まされた技は、生きるのだと思う。

 逆説的に言うと、クソのような曲に世界の名立たる名プレイヤーが雁首揃えたところで、結局の処、クソはクソ、救いようがない曲を演奏で救う事は出来ない。



 では、この素晴らしい曲がずっしりと詰まった名盤を聴いてみたらいかが?



 People, get together around the music.

Treasures for young folks

2012-01-15 (Sun) | 22:30

 この数日間、久しぶりに車中でFMラジオを暫く流しっ放しにして聴く機会があったんだ。


 で、ラジオから流れてくる情けなくなるような、寒気がするような「情報量が少ない」音楽に対して心底感じてしまったのが、例の如く、何とも最近の我が国の若いミュージシャンって全然音楽聴いているように思えないし、好きなんだとも思えないし、音楽を知らないんだなぁっていう、いつもの愚痴にも似た想いなんだ。


 実際、連中の寒々としてひび割れした曲のひびの隙間からほんの30秒ほど覗き込んでみれば、そのバケの皮がすぐ剥がれてしまう。


 その傾向に対して感じるのは特に、古き良き時代のR&B-----最近、巷で言う処のリズム・アンド・ブルースって何だか半分ラップが混ざった「打ち込み系ソウル」を呼ぶのに使っている無知が沢山いる様子だが-----やソウル・ミュージックとか、素晴らしい曲を量産していた職業ソングライター達の名曲といった黄金時代の曲作りのイディオムを浴びるように聴いて身に付けようとするスタンスの欠如が甚だしいような気がするんだ。



 大体、Carole King (キャロル・キング)はまぁ別としても、恐らくミュージシャン・プロデューサー、評論家等に投票させたら間違いなく史上最高の曲に選ばれると思う超名曲 'You've Lost That Lovin' Feelin'(邦題: 「ふられた気持」)'(↓)を書いた Barry Mann (バリー・マン)とCynthia Weil (シンシア・ワイル)のソングライター・コンビはおろか、The Ronettes (ロネッツ)の 'Baby, I Love You'(↓)を初めとしたフィル・スペクター関連の数々のヒット曲を書いたJeff Barry (ジェフ・バリー)とEllie Greenwich(エリー・グリーングリニッチ)のコンビも知らないなんてもうビックリだね。




The Righteous Brothers - 'You've Lost That Lovin' Feeling'

(携帯の方は ここ)




The Ronettes - 'Baby, I Love You'

(携帯の方は ここ)



 あと、Dionne Warwick(ディオンヌ・ワーウィック)のヒット曲 'Walk On By'(↓)を初め、とてつもない数のスムーズだけど何処かマッドな感触を持つヒット曲を量産したHal David (ハル・デイヴィド)とBurt Bacharach (バート・バカラック)のコンビだとか、少しポップ・カントリーがかった素晴らしいヒット曲 'Wichita Lineman'(↓)を書いたjimmy Webb(ジミー・ウェヴ)といったライター達も非常に有名な人達で、「モノの本」をめくれば必ずページを割いてあるソングライティングの偉人達だ。




Dionne Warwick - 'Walk On By'

(携帯の方は ここ)




Glen Campbell - 'Wichita Lineman'

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 そもそも、キャロル・キングが別格なのも、例の「タペストリー」の為か、"シンガーソングライターとして"有名なわけなだけであって、当時の旦那 Gerry Goffin (ジェリー・ゴフィン)との職業ライター・コンビで60sに一時代を築いて大量のヒットをモノにしたライターとして我が国で有名なわけではなくて........


 で、ここではっきりと書いておきたいけど、以前 ここ でも書いたように、キャロルの全盛期は60sの職業ライター時代であるのは間違いない。

 60sにキャロルが書いた曲達は、それはそれはタメ息が出るような名曲のオンパレードでね。


 そんな中で恐らく、上記のマン−ワイル作の 'You've Lost That Lovin' Feelin'' と強烈に史上最高の曲のトツプをせめぎ合うと思われるゴフィン−キング作の超名作がこの曲(↓)




The Drifters - 'Up On The Roof'

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 この辺りを知らない人はもう少し視野を広げた方がいいと思うよ。

 だってそれじゃ、まるでホンモノのダイヤもルビーもサファイアも見た事ないのに、浜辺に転がっている色付の石を積上げてみせて一席ぶっているいるようなモノだよ。

 要するに、有体に言えば厚顔無恥っていうヤツ。


 で、この名曲、キャロルの特徴がよく出てるよね。

 何と言うのか、何処となく「泣き笑い」しているような切なさを感じさせるメロディとハーモニー展開なんだよね。

 世の中には同じように感じる人がいるようで、そんな僕の感じ方とドンピシャリ同じ解釈でこの名曲をカヴァーした人がいてね。

 それがこの死ぬ程好きなカヴァー・ヴァージョン(↓)なんだ。




Laura Nyro - 'Up On The Roof'

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 さてさて、そんなキャロルの全盛期の曲で本当に大好きなヤツがこれ(↓)。




Dusty Springfield - 'Some Of Your Lovin''

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 この曲は1965年にイギリスでトップテン・ヒットになったDusty Springfield (ダスティ・スプリングフィールド)のヒット曲だ。

 どうだい?

 これはもう極上のホワイト・ソウルに仕上ががっているよね。

 キャロルって、こんなソウルを書かせたら本当にいい曲書くよね。

 そしてまた、このダスティ・スプリングフィールドっていう人も筋金入りのブラック・ミュージック・フォロワーだし........

 ウーム、これは miyoちゃんにも唄ってもらいたいものだね。


 さて、今日のオマケはこの素晴らしい曲のキャロル本人・ヴァージョン(↓)。




Carole King - 'Some Of Your Lovin''

(携帯の方は ここ)



 一応、ひっそりとリリースされたようだけどまったくヒットしなかった様子。



 さて、今日は疲れちゃったけど、有意義な記事だったね。

 これだけの宝物のような名曲の数々がこのブログに1回来れば聴けるなんて素晴らしい。


 あとは、それを生かすも殺すも君次第だよ。

 OK,It's Up To You, Folks, Bye.

The Rolling Stones - 'The Last Time'

2012-01-12 (Thu) | 23:00

 先日 ここ でそれとなく触れておいた The Rolling Stones 初期のヒット曲 'The Last Time'(↓)についてもう少し書きたくてね。





The Rolling Stones - 'The Last Time'

(携帯の方は ここ)



 実は、僕が初期ストーンズ(シングル 'Jumpin' Jack Flash'以前)で一番好きなのがこの曲なんだ。


 で、この曲、1965年に Jagger-Richards(ミック・ジャガー & キース・リチャーズのソングライティング・コンビ)のオリジナル曲で初めてシングルに採用された彼等にとって記念すべきヒット曲でね。


 元々ヒートルズとは違いソングライター志向はなくて、純粋なカヴァー・バンドであったストーンズもやはり、最初の頃は随分と大好きなブラック・ミュージックのあちこちから「つまみ食い」して曲をデッチ上げていたみたいでね。(もっとも、ビートルズだって最初はそうだった........)



 そこで、先日の記事で触れていたように、このジャガー/リチャーズ初期の"オリジナル曲"である 'The Last Time' がほぼカヴァー・ヴァージョンと思える程、このゴスペル・クラシック(↓)を参考にしているという話になるんだけど........




The Staple Singers - 'This May Be The Last Time'

(携帯の方は ここ)



 因みに、このステイプル・シンガーズの 'This May Be The Last Time' に聴かれる お父さん=Pops Staples (ポップス・ステイブルズ)-----ステイプルズ・シンガーズは父と娘達で活動しているゴスペル・グループだ-----が演奏するフェンダー・アンプのトレモロをたっぷりと掛けたギターを聴くと、即座に「ゴスペル」を連想しちゃうよね。

 ちょっと耳が良い人なら、CCRの Johnn Fogerty (ジョン・フォガテイ)がよくこんな音を作っている事に気が付くかもしれない。

 あの人、実にギターの音色をよく分かっているギタリストでね。



 そこで、この話は、ロック・ジャーナリズムにかなり目を通している"僕ですら"、一度も指摘されている事を見た事が無い「スクープ」なんだけど、まずは、この曲(↓)を聴いて欲しい。




Evie Sands - 'Run Home To Your Mama'

(携帯の方は ここ)



 この曲は、ホワイト・ソウル(という事は白人)系の女性シンガー イーヴィー・サンズがキャリア初期の1965年にリリースしたシングル 'Take Me For A Little While' のB面曲(!)なんだ。

 恐らく、全然ヒットしなかったA面の 'Take Me For A Little While' は競作になったシカゴのチェスからリリースされた Jackie Ross (ジャッキー・ロス)版が小ヒットしたから、その流れでイーヴィー版シングルも入手したんじゃないだろうか?


 想像するに、ストーンズはツアーでアメリカにもう行っていたはずだから、現地(アメリカ)で買い付けた大量なレコードの一部にこのイーヴィー版シングルも含まれていたって事なんだと思う。

 いや〜恐るべし、イギリスのミュージシャンのこのマニアックぶり。

 ビートルズにしてもそうだけど、こんなヒットもなにもしてないシングルのB面に目を付けるんだよね。



 で、「何に目を付けた」のかが「スクープの本題なんだけど、聴いてもらえばだれでも分かるはずだよ。


 そう、アレンジやアンサンブルがソツクリでしょう?

 特にイントロのキター・リフにアコースティック・ギターがざっくりと切り込んでくる辺り。


 要するに、ジャガー/リチャーズが"オリジナル曲" 'The Last Time' を作る上での発想を想像すると、ステイプルズ・シンガーズの 'This May Be The Last Time' を改作して、イーヴィー・サンズの 'Run Home To Your Mama' のアレンジとアンサンブルで仕上げるといった志向回路だったんじゃないだろうか?



 でも、イーヴィーのこの曲のアンサンブルに着目する辺りのセンスは流石だと思う。


 この時代の「ハイブリッド」なブリティッシャ・ロックのセンスはビートルズも然り、ストーンズも然り、キンクスも然り、フーも然り、みんなエレクトリックとアコースティックのギター・アンサンブルが上手い。

 しかも、そこには必ずアコースティックでリズムを刻む達人が必ず存在する。(ex. ジョン・レノン、ピート・タウンゼント、レイ・デイヴィス、キース・リチャーズ)


 この辺りの「深さ」を考えると、昨今のグランジだの、ミクスチャー・ロックだのといった手合いが如何に機材とエフェクトに頼った音で空間を埋め尽くしているのかが分かる。

 結果、アンサンブル構築能力が低下し、アレンジ出来ないバンドが急増する事になる。

 酷いのになると、アレンジとは、機材を購入したり、エフェクターを調整する事だとおもっている輩もいる。


 本当に、音楽を作れない連中が増えたものだよ。

 当たり前だよ。

 だって、音楽を作ってた時代の事を全然勉強しないんだもの。



 では、オマケは、イーヴィーがTV出演した時の貴重な映像みたい........




Evie Sands - 'Run Home To Your Mama'

(携帯の方は ここ)




P.S.

もう一つオマケすると、上の 'Run Home To Your Mama'の次のイーヴィーのシングルは、これまた不発だったけど.......でも、幸か不幸か、またまたカヴァーが大ヒットしちゃって有名な曲なんだよね。

 それはこの曲(↓)。




Evie Sands - 'I Can't Let Go'

(携帯の方は ここ)



 そう、翌1966年にイギリスの The Hollies (ホリーズ)-----そう、CSNYのグラハム・ナッシュがいたあのバンド-----が英米で大ヒットさせたし、1980年には、Linda Ronstadt (リンダ・ロンシュタット)がニュー・ウェイヴにトライした素晴らしいアルバム"激愛"からのシングルとしてヒットしている。(これはリアルタイムでよく憶えているなぁ〜)


 では、おやすみ。

The Beach Boys - "Smile"

2012-01-09 (Mon) | 18:20

 遂に、『棺桶に入れて欲しいアルバム は The Beach Boys (ビーチ・ボーイズ)の "Smile" です』って言える時代がやって来たね。

 長年、そうは言いたくても言えなくて、限りなく "Smile" に近いリスペクトを感じる「代用品」として "Pet Sounds" を挙げざるを得なかったわけなんだもの。

 だって、世の中に今だ過って"ビーチ・ボーイズ"の "スマイル" などというアルバムはリリースされた事もなく、存在した事もなかったわけなんだから........


 その辺りの「事情」とロック史上最大の伝説でもあった未発表アルバム "スマイル" に関してのインフォと僕なりの考察は、以前 ここここ にたっぷりと書かせて頂いていた。



 で、早速、今回僕が購入したのは、いくつかリリースされているパータンの内のこれ(↓)。



The Beach Boys - Smile [Collector's Box]-01
The Beach Boys - "Smile [Collectors Box]" (パッケージ)


The Beach Boys - Smile [Collector's Box]-02
The Beach Boys - "Smile [Collectors Box]" (中味)



 上の写真では分かり辛いだろうけど、僕が購入した○万円の「コレクターズ・ボックス」というヤツなんだけど、内容と言うと、CD5枚組 + アナログ・アルバム2枚組 + アナログ・シングル2枚 + ブックレットっていう具合。


 

 さてさて、肝心の "Smile" の音楽的な中味については、以前、上のリンク先の記事にて書いていた「核心」以上に述べる事はない。

 それ程に、あの時点で「核心」を突いていた記事だったという事なんだ。

 よって、残念ながら、この膨大なる「セッション・テープの山」と格闘し終えた今、まったくもって "Smile" の印象も変わる事もなければ、ただただ当時のブライアンのヴァイヴレーションに想いを馳せるばかりでね。



 但し、ちょっとした不安感のようなものを感じちゃってね。

 その辺りを説明すると........


 まず以って、一番低価格なベーシックなCD1枚盤が 正規ビーチ・ボーイズ版 "スマイル"というアルバムなわけ。

 で、そのベーシック盤と対極にあるのが僕が購入した高額ボックスセットなわけで、勿論、正規ビーチ・ボーイズ版 "スマイル"に含んだ上で伝説の "スマイル・セッション"のありったけをブチ込んだという、世界中にいる僕のような"Smile-Heads"の為の豪華セットという事。

 で、当然商業的な思考回路から至極当然の話、それらの中間を狙った正規ビーチ・ボーイズ版 "スマイル"に少しセッション・ハイライツを加えた中価格帯ボックスの、言ってみれば、「松・竹・梅」3セット構成なわけ。



 で........そのついに「正規」の姿を見せたビーチ・ホーイズ版 "スマイル"なんだけど........



 「やっぱり........そうだったんだよな........わかっちゃいたけどね........」



 というのが率直な僕の「心の声」なんだ。



 要するに、結局の処、1984年の Brian Wilson (ブライアン・ウィルソン)のソロによる"スマイル" の完成という事実こそが 「そもそもスマイルなんていうアルバムはなかった」という疑念をほぼ90%の確率で僕に確信させる元になっていたわけなんだけど、今回のビーチ・ホーイズ版 "スマイル" でそれは完全に100%の確信になってしまった。



 つまり、上記リンク先にも書いていたように、元々スマイル のレコーディング・スタイルはセクション毎に何ヴァージョンもレコーディングを行い、後でテープ・エディトで曲を仕上げていく方法を採用していた上に、ブライアン自身もドラッグでイカれてきてて、周辺の人間関係もグチャグチャだし、キャピトル・レコードともモメてるしで、もう、ブライアンその人自身もスマイルをちゃんと音楽としてまとめる事が出来なくなってしまったっていうのが真実に近い処なんだろうから........

 それがいつの間にか伝説が一人歩きして、肥大化し、「実は100%とは言わなくてもそれ相応の処までの設計図はブライアンの頭の中にあったずだ。」なんていう"スマイル-ヘッズ"達の妄想があったんだろうと思う。


 が、1984年のブライアン版 "スマイル" ではいくつかの書き下ろし新曲がひっそりと加えられ、新しい歌詞がヴァン・ダイク・パークスによって書かれたり、とても当時の「設計図」とは思えないような組曲3部形式にブラッシュ・アップされていたりして、何とか「ほぼ全て当時の素材」だけで構築した新生"スマイル"となっていたので、この時点でブライアンとしては、このソロ版"スマイル"を一応の「完成形」としてこの伝説にケリをつけたっていう事なんだと思う。

 つまり、「最初から存在しなかった」アルバム "スマイル"は、そのバラバラの部品・素材だけが保管庫に埃をかぶってずっと仕舞い込まれてきたわけで、それを「存在する」アルバムにしたのが1984年のソロ版 "スマイル"だったというわけ。



 そこで元の話に戻ると、何に不安を感じるのかって言うと、1984年のブライアン版 "スマイル"をきちんと聴いていないリスナーが今回のビーチ・ボーイズ版 "スマイル"をいきなり聴いて理解出来るのだろうか?っていう不安。



 それは今回のビーチ・ボーイズ版 "スマイル"の製作上どうしても避けられない問題点から派生しているんだ。


 それは、あくまでも1984年のプライアン版を「完成形」として、それと極力同じ構成を作るように、当時のセッション・テープからプライアン版に該当するパートを引っ張り出してきて、該当するテープが存在しなければ波形編集等で似た別のパートから作り出す(新たなレコーディングはしていない)等の打開策が講じられているが、どうしても埋まらなければ潔く空白にするという処理がとられている為、所々に不自然な編集パートが紛れ込んでいたり、バッキングトラックのみのカラオケ状態のパートやリード・ボーカルなしのパート等、多々不自然な部分も含んでいるわけ。

 要するに当時の素材だけでどうにかこうにかしてビーチ・ボーイズ版「完成形」を「捏造」したというプロジェクトだったわけ。


 もし君が、1984年のブライアン版を十分に聴いているのなら、そんな不自然な部分は君の「イマジネーション」が補ってくれるはずだ。

 何処かの音楽誌上で、評論家の萩原健太さんも同じような事を書いておられたと思う。



 但し、ブライアンが生み出したその音楽そのものの素晴らしさは少しも変わらない。


 もう死ぬ程聴いてきたのに、また命を賭けて聴き入ってしまう。


 僕が中学生の時に「十字路で魂を売り渡した」あの素晴らしい 'Surf's Up' (↓)の崩れ落ちそうな美しさの価値は何一つ変わってはいない。




The Beach Boys - 'Surf's Up'

(携帯の方は ここ)



 そういった意味では、真のブライアン・ファンは高額セットで伝説のスマイル・セッション・テープの隅々に「天才」が散りばめたほんの1小節や30秒程度の至宝の数々に喜びを感じるべきだとも思う。 


 だって、今までありとあらゆる"スマイル"関連音源(↓)を聴きまくってきたじゃないか?



Souses For Smile
Souses For Smile



 そしてまた僕は答えると思う。



 『棺桶に入れて欲しいアルバム は The Beach Boys の "Smile" です』ってね........

「この世の果て感」

2012-01-08 (Sun) | 21:54

 前回の記事で「この世の果て感」という感覚的言葉で濁しておいた事-----実はこの冬辺りから年始にかけて強烈に感じて止まない事-----について書いてみたい。


 順序立てて書くと、まず昨今の消費税の話題に必ずついて回る社会保障や年金問題等の話題を耳にする度に物凄い矛盾を感じてしまうんだ。

 つまり、よく考えてみれば分かってもらえると思うけど、言うまでもなく日本を含む自由主義社会の原理原則から言えば、本来、社会保障だとか、年金だとか、失業保険であるとかいう類は、自由主義社会を運営する事で生じる多少の "歪みを和らげる為" ある種の「暫定的手法」として自由主義社会に導入した「社会主義的手法」の典型であるわけで........

 ところが、TVの中の市中の市民は口を開くと「社会主義国には自由はないし、言論の自由もない。」などと言う。

 が、一方では、今だに「社会福祉の充実」やら「格差是正社会の確率」といったスローガンが政治家の公約では一番ウケがいいようだ。


 要するに、言い方は悪いかもしれないけど、本来、自己責任による自由競争に立脚した価値観の元に構築された社会である自由主義社会において、そんな自由競争に敗れて立ち上がらないような「デキの悪いヤツ」 or 障害者・お年寄りのような社会的弱者を社会から落ちこぼれないように高いコストをかけて(=社会主義的手法を導入して)維持してきたのがこれまでの自由主義国の姿だったんだと思うんだ。



 しかし、昨今のユーロ危機や日本の絶望的財政状況を鑑みれば歴然としているように、そんなコストを掛けて「みんな仲良く一緒に」なんてやり方やってると、もはや自由主義社会そのものを維持していけない処にまできているような気がしてしようがない。

 実際、ユーロ危機を見てると、『もうこれ以上、沢山の「問題児」のお守りするコストを捻出するのはイヤだよ。』ドイツが言ってるでしょう?

 あれは、ある意味、自由主義社会の縮図みたいなものに見えて仕方がない。


 この後に及んで、アメリカ辺りを中心に「格差是正デモ」が物凄い勢いになっているというけど、これをまた面倒見る程自由主義社会には余力が残っていないような感じがする。



 とはいえ、一方の社会主義国の方も、中国の「改革開放」路線とかベトナムの「ドイモイ」路線といったある種の「一国二制度」方式(=政治体制は共産党独裁だが、経済は自由主義の折衷パターン)が1つの成功方式となりつつあるようでいて、その実、よく言われているように、常に、「自由を知った民衆の反旗」に晒される危険と背中合わせな「綱渡り的」社会情勢と一体のように思える。



 結局の処、結論を言うと、自由主義も社会主義も、どちらも既に「制度疲労」の状態に瀕しているように思えるわけ。

 ところが、今、これからの100年、200年を我々人類が社会を形成し生き延びていく為に最低限必要な「新しい社会制度」(僕が思うに、原子力問題だとかの比ではない大問題だと思う。)というものをまったく我々人類が描けていないように思える。


 この「無社会状態」というか、「無主義状態」の予感に対する大きな言い知れぬ不安感こそが、前回の記事で「この世の果て感」と僕が表現したモノの実態なんだ。

Hello Folks, I'm Here

2012-01-08 (Sun) | 18:19

 随分と遅くなっちゃったけど.......当ブログに来て僕の拙文にお付き合い頂いている皆さん、おめでとうございます。


 この今日・明日の連休にてやっと正月休みに手が届いた想いの僕、Wizardです。


 いや〜本当にこの年末年始は例年にない猛烈な忙しさだったんだ。

 元来、本業が設備関連なものだから、ユーザー(=工場)が稼動していない長期休暇中に大規模修理・改造 or 新規設備設置等は行うものだという「常識」がまかり通っている(≒拒否すれば2度と仕事は回ってこない)上に、国の3次補正予算関連の補助金事業関連の申請に伴う設備設計・見積が一度に山のように押し寄せてきてね。

 それも、本来たっぷり2〜3週間程度の時間を頂きたいような設計・見積に対して、どれもこれも例外なく3〜5日以内だとかの要請ばっかりで........


 といった感じで、「有意義」な年末年始を過していました。



 さてさて、一気に書いちゃうけど、昨年を振り返ると........



 昨年の新譜で最も素晴らしいと僕が感じたのがこのアルバム(↓)。



Paul Simon - So Beautiful Or So What
Paul Simon - "So Beautiful Or So What"



 ビートルズやストーンズ、ディラン世代の所謂60〜70s組がヒップホップ or サンプリング・カルチャーを通過したこの2000年代にリリースするアルバムとしては際立って「現役感」を感じられた1枚だった。


 大体の処、過去の全盛期のソングライティング・スタイルを踏襲し、同じようなレコーディング方式のルーティングに陥る事を「良し」とする傾向が強いロートル組の中にあって、実に今現在のレコーディング・スタイルを「謳歌」し、それをまた、歳とともに劣化したソングライティング技量の「テコ入れ」材料にしているサマに、老いて尚「音楽人」然とした、ある種ポール・マッカートニーにも相通じる筋金入りの「音楽バカ」ぶりに面目躍如という印象大。

 因みに、僕のような Simon&Garfunkel (サイモン&ガーファンクル)に何の思入れもなく、S&Gの如何なるアルバムよりもポールのソロ・アルバムが格段に素晴らしいとしか思えない耳を持った人間にしてみれば、また1枚ソングライターズ・ソングライター=ポール・サイモンの名盤が増えたのは実に嬉しい限りだ。

 スバリ、ポール・サイモン、久々の大名盤。



 新譜の次点がこのアルバム(↓)



James Blake - James Blake
James Blake - "James Blake"



 所謂ダヴ・ステップと呼ばれるクラヴ系ムーヴメントから出現したポスト・ダヴ・ステップ期待の新人と言われているミューシシャンのデビュー・アルバム。



 90s初頭辺りでその手合いのクラヴ系/サンプリング・カルチャー以降のシーンに興味を失って以来、まったくこの手のリリースにも疎くなっていたんだけど、このアルバムはなかなか良かったんだ。


 「クラヴ系」といった言葉から連想する安易な打ち込みとサンプリングと恐ろしく創造性が欠けた断片の組合せで素人が「組立」てた「ミュージシャンシップ不在」の「不毛の音楽」とは違うんだよね、このアルバムは......


 簡単に言っちゃうと、70sによく居たピアノ弾語り主体のホワイト・ソウルっぽいシンガー・ソングライターの感触が感じられる上に、テクノロジーに精通して「今の音」を構築してみせている辺りが素晴らしい。

 一聴して、明らかにソウル・ミュージックが好きな事が分かる、ミュージシャンシップを感じる「現在進行形シンガー・ソングライター」の好盤。


 丁度、90s中頃に、アコースティク・ギター片手に、戦前ブルースやヒルビリー・ミュージックへの愛情を熱心に語りながら、片方でラップを披露し、サンプリングでトラックを製作する Beck (ベック) がシーンのアイコンとして登場したのと同じ匂いを感じてしまった。

 今後、期待のミュージシャン。



 リイシュー物ではやはり、「一昨年死ななくて良かった」と思わずいられなかったこのアルバム(↓)



The Beach Boys - Smile [Collector's Box]-02
The Beach Boys - "Smile [Collector's Box]" 


 このアルバムに関しては別途リビューしたいと考えていますのでここでは書きませんね。


 あと、もう1枚ある意味、上記の "Smile" 以上に興奮したのがこのアルバム(↓)のリイシューだったんだ。



Jim Ford - Harlan County
Jim Ford - "Harlan County"



 これは有り難い事にアナログ盤もリイシューされた上、CDとアナログの収録曲に違いはなかったので、迷う事なくアナログで購入。


 このアルバムは、以前から断片的に少し耳にはしていたんだけど、こうして通して聴いてみると、とてつもない名盤だったね。

 簡単に説明すると、1969年リリースのスワンプ・ロック(≒アメリカ南部ロック)の隠れた名盤としてマニアには知られたアルバムだったんだよね。

 Dr.ジョンや素晴らしいアメリカの白人最高峰のドラマー Jim Keltner (ジム・ケルトナー) や ミスター・テレキャスター James Burton (ジェームズ・バートン) なんかも参加しているって書いただけで、分かる人ならもう音が聴こえてくるでしょう?


 但し、それだけじゃないのよ、この人。

 Sly Stone (スライ・ストーン) が自宅にこしらえたスタジオでドラッグまみれになって悶々とレコーディングした世紀の名盤 "There's A Riot Goin' On" (邦題: 「暴動」)のセッションに日々顔を出しては色んな音を磁気テープの上に残していったミュージシャン達-----一番有名なのはこのアルバムで多くのギター・パートを演奏したと言われている Bobby Womack (ボビー・ウーマック) や 大ヒット曲 'Family Affair' のエレクトリック・ピアノを演奏したと言われている Billy Preston (ビリー・プレストン)、そして、間違いなく四六時中顔を出していた Miles David (マイルス・デイヴィス)-----の中の一人として、白人にも関わらず確認されているエピソードが、この人の作る音楽が単なる極上のスワンプ・ロックで済まされない一端をよく物語っていると思う。

 実際、スライは随分とジム・フォードをミュージシャンとして評価していたと言うし、事実、その後、ボビー・ウーマックには何曲も書いているし、その辺りの縁からか、Ron Wood (ロン・ウッド)とも数曲競作していたはずだ。

 要するに、南部的な側面と共に十分にファンキーなフィーリングを持った、ある意味「カントリー・ファンク」とでも言いたくなるような音なんだよね。

 因みに、Nick Lowe (ニック・ロウ) が多大な影響を受けた事もよく知られていて、ロウが在籍していた名バンド Brinsley Schwarz (ブリンズレー・シュウォルツ) の2ndアルバム "Silver Pistols"で彼の曲を2曲カヴァーしており、また、1978年リリースの1stソロ・アルバム "Jesus Of Cool" でも1曲カヴァーしている。


 そして、恐らくこのジム・フォードというミュージシャンを永遠にホピュラー・ミュージック史に名を刻み続ける事になる最大の要因になるのは、Aretha Franklin (アレサ・フランクリン) が 名盤 "Lady Soul" で取り上げたファンキーな名曲 'Niki Hoeky' を書いたっていう事だと思う。



 じゃ、このファンキーな名盤を多くの人が聴いてくれる事を願って、このアルバムで一番好きなヤツ(↓)を紹介しておこう。




Jim Ford - 'I'm Gonna Make Her Love Me'

(携帯の方は ここ)



 あと、個人的敢闘賞は知り合いのシノブちゃんとこのバンド 2907831がリリースしたこのアルバム(↓)。



2907831 - Thousand Lights
2907831 - "Thousand Lights"



 ウーム、ここのギタリスト兼ボーカルの彼、なかなか曲作りの「コツ」がよく分かっている子だね。

 一言で言うと、地方のアマチュア・ミュージシャンが書く曲じゃないよ。

 分かる耳で聴くと、相当数の曲を書いてきて、「曲作りのカード」を何枚も持ち合わせている技量の持ち主なのはすぐ分かる。

 何よりも、バンドとして、「曲」という「錦の御旗」に結集して、最良の音楽を作り上げようとする姿勢に好感を持てる。

 但し、3ピース故の限界が必ず見えてくる時期が来る(歴史的に色んなバンドが証明しているし、僕自身も3ピース・バンドでそうだった。)はずなので、それを乗り越えるだけのアレンジ・コーラス・演奏技術をじっくり習得すればいいと思う。

 がんばれ。



 さてさて、そんな中、個人的に特によく聴いていたのはこんな曲達(↓)なんだ。




The Temptations - 'Papa Was A Rolling Stone [Full Length]'

(携帯の方は ここ)

 モータウン発のサイケデリック・ソウルの名曲。

 こんな風なサイケデリック・ソウルを随分と掘り下げて聴いた一年だったね。




Brigitte Fontaine - 'Comme A La Radio' (邦題:「ラジオのよう」)

(携帯の方は ここ)



シカゴのアヴァンギャルド・ジャズ・バンド Art Ensemble Of Chicago (アート・アンサンブル・オブ・シカゴ) がバッキングを付けたフランスのシンガー ブリジット・フォンテーヌ の1969年の名作

 これは、フリー・ジャズやアヴァンギャルド・ジャズを探究していく内に、昔買ってたこの盤に戻ってきちゃったというパターン。




Weather Report - 'Black Market'

(携帯の方は ここ)


 エレクトリック・ジャズのある種の頂点だった ウェザー・リポート の有名曲。

 昨年は、エリクトリック期のマイルス・デイヴィスを久しぶりに兎に角よく聴き込んだ一年でもあったんだ。

 そんな流れで、マイルス・スクール卒業生達のこのウェザー・リポートや リターン・トゥ・フォーエヴァー なんかも懐かしがって聴いたりしてたんだ。




Dave Mason - 'Only You Know And I Know'

(携帯の方は ここ)



 今ではもう、ジミ・ヘン版 'All Along the Watchtower' で12弦アコースティック・ギターを弾いていた事を珠に思い出してもらう位しかこのDave Mason (デイヴ・メイスン) というミュージシャンの名前を耳にする事もなくなってしまったけど、確かにあったんだよ。

 この人がシーンのキー・マンとして台風の目のように中心にいた時代が........

 この曲をよく聴いてみれば、ソングライターとしてもなかなかの力量があったのも確かだと思う。

 運とタイミングとルックスがあれば、今のクラプトンに位置にいた人なんだと思う。

 少なくともクラプトンが「後出し」でこの人のいい処を全部持って行っちゃったと感じるのは僕だけじゃないと思う。

 何だか、クラプトンと スティーヴィー・ウィンウッド が揃ってやって来て盛り上がってると、この才人を思い出しちゃってね。




Fela Kuti & Afrika 70 - 'Gentleman'

(携帯の方は ここ)



 アフリカ(ナイジェリア)の偉大なミュージシャン フェラ・クティの1973年の怒涛のアフリカン・ファンク。

 今年はアフリカ物に「完全入門」を果たした年でもあったわけで........

 その流れで、以前から大ファンだったフェラ・クティも久しぶりに聴き直す機会も多かったんだ。




The Staple Singers - 'This May Be The Last Time'

(携帯の方は ここ)



 去年は、古いゴスペルを聴き直す事も多かった一年でもあったんだ。

 特にこの The Staple Singers (ステイプル・シンガーズ) の初期の純粋なゴスペル・グループ時代(70sはStaxでソウル・グループとして大ヒットを連発したが......)は随分と聴き直したものだよ。

 で、分かる人は一聴して分かるはずだけど、上に紹介した 'This May Be The Last Time' っていう有名なゴスペル・スタンダード.......タイトルからして、そう、あの有名バンドの初期ヒット曲の元ネタなんだよね。

 はいはい、ストーンズの 'The Last Time' ってもう、ほとんどカヴァーと言うべきな位、そのまんまなんだよね。



 さて、ベスト・ライヴは、ここ でレビューを書いてた11/23 柳川 cafe brown sugar にての東京ローカル・ホンクで文句なしの決まり。

 上のリンク先のレビューを読んでもらえば全て分かる。



 本の方はと言うと、ここここ で紹介していたこの2冊(↓)が質・量共に圧倒的でした。




"Life" Keith Richards (邦題: 「キース・リチャーズ自伝 ライフ」)


'11-09-13 最近読んだ本
(左) "A Wizard, A True Star: Todd Rundgren In Studio"
   (邦題:『トッド・ラングレンのスタジオ黄金狂時代: 魔法使いの創作技術』Paul Myers 著 (P-Vine Books)



 次点は、ここ で紹介していたケビン・メア氏のこの本(↓)。



'11-09-05 最近読んだ本
(右端) 『決断できない日本』 ケビン・メア 著 (文春新書)



 で、個人的に一番の事件は、やはり一昨年の病気の後遺症の為、「命と引き換え」に唄を失ってしまい、ソロ・ステージを完全に引退させて頂く事になってしまった事だ。

 今でも、他人のステージを見ていると辛いものがある。

 納得出来ないんだ。

 折り合えないんだ。

 捨て切れないんだ。

 だって、人生の全てだったんだもの。

 だからこそ、もし良ければ、若い連中の中に種を蒔かせてもらい、連中の中で生き永らえたいと思う。



 で、少々ヘヴィになっちゃったけど、あと一点、昨年印象に残っているのは、地震や原発の問題より、と言っては語弊があるのかもしれないけど、ヨーロッパの金融危機や各国での格差批判デモの広がりや国内における消費税問題等によって何となく見えてきてしまった「この世の果て」感なんだ。

 この事ももっときちんと書きたいので後日にという事でね。



 それでは最後に、今年は辰年っていう事で、トッド・ラングレン絡みの大好きなこの曲(↓)をみんなに.....



Utopia - 'Magic Dragon Theatre'

(携帯の方は ここ)



 じゃー、今年もよろしくね。

 People, get together around the music.

「綱渡りの日々」

2011-12-25 (Sun) | 21:30

 どうやら、このまま世間が「仕事初め」でざわめき出すまでノンストップの激務が続きそうです。

 なんとか、元日位は休ませて頂きたいんだけど........

 体と精神がキツくて、もう限界........

 特に明日からは「綱渡りの日々」が続く事になる。


 でもでも、去年の事を考えたら贅沢は言えないよね。

 仕事させて頂いてるだけでもね。


 故に、今年は、例年恒例の「一年を振り返って」色々と書くのは年明けに持ち越す公算大です。


 すいませんね。

 また精一杯の記事書くから、もう少し待ってて下さい。

 バイバイ。

Reconomy-002を終えて

2011-12-18 (Sun) | 17:42

 久しぶりに今日は休日。

 で、ブログも更新しなくちゃ........つていう事で、報告すると、先日行われた >Reconomy-002 の方、楽しい内に無事に終わる事が出来ました。



 大牟田から来てくれたブルース・バンド Bluesville の演奏も随分と楽しめてね。

 そこで改めて感じたのは、ブルースという音楽像の再定義とそれの啓蒙の必要性。


 まぁ、ブルースと聞いて、「港町」といった類の言葉を連想する世代の方々は別として、恐らく大半の人は「黒人の奴隷としての辛い歴史から生まれてきた悲しみの音楽」といった超ステレオ・タイプ化された「定義」が口から出てくるはずだ。

 勿論それも正しくもあるわけなんだけど、果たしてそれで済む程の音楽なんだろうか、ブルースって?


 それはブルースという音楽のごくごく一部の真理を言い当てているのは紛れも無い事実ではあるけど、例えば、この Reconomy-002が行われた柳川の夜で、多くのオーディエンスの体を揺さぶらせた Bluesville が演奏したブルースの姿とは、正真正銘のダンス・ミュージックだったのではないのか?


 論点を整理すると、アフリカ生まれのブルースのルーツ的音楽が、アメリカに連れてこられてきた後の後天的「黒人の苦悩と悲しみの歴史」によって育まれれ、一部白人音楽とミクスチャーしながら成立したのがブルースなわけで、それでは、単にブルース成立の説明に終始しているだけだ。

 僕が一番言いたいのは、その頃から、今現在に至るまで、毎晩のように、一日の仕事を終えて、まるで留まり木に帰ってくるように場末のクラブに集まってくる黒人達が酒を呑み、踊って「この世のアカ」を落とす最高のBGMだったのはずっとブルースだったんだっていう事。

 ライトニン・ホプキンスのアコースティック・ギターのシャフルも、ジョン・リー・フッカーのブギーもギター1本でもお客を躍らせる為の強烈なリズム・ワークに裏打ちされたダンス・ミュージックだったはずだ。


 もうそろそろ、「黒人の奴隷としての歴史........」っていう「バカのいっちょ覚え」も止めたいものだよね。




 そんな観点から言って、Bluesville の演奏は、下手な小細工なしに、ダンス・ミュージックとしてのブルースというフォームが持つアドヴァンテージを最大限に発揮する事に特化した姿勢が好感の持てるステージだったね。


 また、「こいつら本当にフラック・ミュージック好きなんだなぁ」っていうのは僕にも十分に伝わってきて、心情として嬉しくて仕方が無いステージでもあったんだ。


 オフ・ステージでの音楽談義も楽しかったなぁ。



 さて、このイベントで僕がセレクトした曲は都合があって公表出来ないので、セットリストが欲しい方は本プログの右下のからメールにて知らせてくれれば送りますよ。


Records For Reconomy-002


 ではでは、またね。

お知らせ

2011-12-08 (Thu) | 23:56

 きつくて、血尿が出てボヤいていた処、今日はもっととんでもない事になって病院に運び込まれてしまった。

 簡単に説明すると、仕事中の事、頭上1.5m程度のコンベアから勢いよくハネられて落下してき水分をたっぷり含んだ角材が顔面を直撃........

 現在、左目下辺りが腫れあがって、既に左目の視界が著しく狭くなっている状態........

 はっきり言って人前には出られない顔だ。

 その上完全にムチ打ちだな、これ。

 マイク・タイソンのパンチをくらったら、こんな感じなのかね?

 あぁ、弱り目に祟り目ってよく言ったものだね。

 でも、CTではとりあえず脳には異常はないようで、ホっとしたよ。


 で、こんな時になんだけど、取り急ぎお知らせ(↓)。



Reconomy 2 Flyer



 以前にも ここ で書いてたリスニング・イベント RECONOMY がパワーアップして戻って来る事になった。


 しかも何でも今回は大牟田のブルース・バンドも来るらしくてね。

 そこで、TON君の今回の企画は "Blues Night" っていう事らしく、勿論、柳川の長老としての今回の使命は、ファンキーなブルースを柳川にブチかませというボス=TON君の指令なものでして、現在ゴキゲンなヤツをたっぷりと仕込中。


 以下(↓)詳細は TON君とこ からのコピーですので、お時間がある方はいい音楽を聴きに来てみてはいかが?



■ RECONOMY-002 【BLUES NIGHT】

発音)RECONOMY【レコノミー】

意味)
 1, Recommend+Economy(お勧めの日常)
 2, レコード聴きながら飲もうよ。
 3, 蚤の市

昨年10月に、今は無きpranaで行われたリスニングイベント【RECONOMY】
約1年の沈黙を破り、パワーアップして復活です。

今回はBULES(ブルーズ)中心のセレクト【BLUES NIGHT】
DJは柳川の音楽シーンの重鎮二人。vicbongoよりmanaと
Electric Eel よりWizard。二人のライブラリを十分に堪能して下さい。

そしてLIVEは大牟田よりBLUESVILLEが登場。
柳川での初ブロウに大注目!もう踊り狂え!!

楽しいことは、もう全部やろう!
柳川での素敵な日常を作るお手伝いをさせて下さい。

▼ 日 時 

2011年12月16日(金)20:30 START 21:30 LIVE

※ お店自体は18:00より通常営業致しております。
 早めに来てお食事も出来ます。

▼ 出 演

LIVE act BLUESVILLE(大牟田)
DJ's mana(vicbongo)Wizard(select)and more...

▼ 場 所

cafe brown sugar
福岡県柳川市三橋町下百町6-9
TEL:0944-75-6157

▼ 料 金

一般 1,000円
高校生以下無料

※ すべて別途ドリンク代500円がかかります。

▼ 問い合わせ

info@lethot.net
090-4340-2224(オオハシ)
0944-75-6157(cafe brown sugar)

ちょっと待ってて

2011-12-04 (Sun) | 21:23

 あぁ、少し休ませて欲しい。

 いくらなんでも、ちょっとばかり、仕事が忙しくて毎晩毎晩遅いし、ずっと休めないし、体が限界........

 とうとう血尿が出てきちゃったよ........

 皆さん、ブログ更新、ちょっと待ってて下さい。

Woo Woo

2011-11-22 (Tue) | 22:25

 久しぶりに最近読んだ本を少しばかり........



 この本(↓)は、大学の卒論をアフリカン・アメリカンの歴史と音楽と経済をアメリカ南部の変貌を軸に書いた僕のような人間には大変興味深い一冊だったね。




"Blind Faith: The Miraculous Journey Of Lura Hardaway, Stevie Wonder's Mother"
  (邦題『盲目の信念 スティーヴィー・ワンダーとその母ルラ・ハーダウェイ』)



 スティーヴィーの母ルラが南部アラバマの綿花プランテーションで過ごした幼少時代の小作農の大家族生活の頃から、北部へと転出し、最終的にデトロイトに定住し、盲目のスティーヴィーを含めて3人の子供を女手一つで逞しく育てて行き、やがてスティーヴーがミュージシャンとして大成功するまでを描いた、70s後半に大ヒットしたアフリカン・アメリカンの歴史をあるアフリカ人奴隷の家系を数代に渡って追う事で壮大に描き切った傑作映画 「ルーツ」を思わせる一冊。


 ここには、多少理由こそ違えど、南部奴隷制度の名残が色濃く残る農作地帯の苦しい生活から工業の発展に伴う「働き口」が豊富な北部へと豊かな暮らしを求めて移動していった黒人達の生活の一旦が垣間見える資料性も高い読み物だとも思う。

 また、音楽好きには勿論、幼少時代から音楽的に早熟な片鱗を見せていたスティーヴィーの各種のエピソードは十分読み応えがある。


 柳川図書館で借りた一冊。



'11-11-07 最近読んだ本-01


 (上段)左⇒右



 ・『歴史でたどる領土問題の真実』 保阪正康 著 (朝日新書)


  尖閣初頭・竹島・北方領土等の日本にまつわる領土問題の本質を分かり易く説明している本。

  僕は決して「右」にも「左」にもなりたくないし、そんな「枠組」に組込まれるのはまっぴらごめんというスタンスなんだけど、「自分は喧嘩する気はなくても、喧嘩を売られたら、是非も無く、何らかの決断をしなくちゃいけない」という意味では、この手の本を読んで「売られた喧嘩」を「巧い事」勝ち抜いて行く「基礎体力」を各々の国民が身に付ける事は必要な事だと思う。



 ・『日中韓』歴史大論争 櫻井よしこ その他 著 (文藝春秋)


 ある意味、うんざりする本。

 最初から最後まで、何処をどう切っても、終始一貫嚙み合わない議論.........


 日本対中国 or 韓国 の図式の中、永遠と続く「水掛け論」に費やされるページ........


 「もうええよ。」と言って、星一徹みたいに卓袱台を引っくり返したくなる本。

 でも、逆説的に、それが現実と認識させられるという意味では、意義のある一冊。



 ・『中国人の腹のうち』 加藤徹 著 (廣済堂新書)


 「中国的」 or 「中国人的」な資質を色々と解説した本。

 これはこれで、「読み物」としては面白いのだが、結局、読後に残るのは、日本的繊細感とは開きがある「中国的資質」との距離感であって、何処と無く空虚な気がしてくる........



 ・『ニッポンの評判』 今井佐緒里 編 (新潮新書)


 海外18ヶ国に在住の日本人による「世界の日本感の実態レポート」とも言える本。


 韓国・中国等に典型的に見受けられる歴史感に縛られた「硬直した重苦しい関係」とは違った、ある意味「軽い雑学的な読み物」としては面白い一冊。



 (下段)左⇒右



 ・『官僚の責任』 古賀茂明 著 (PHP新書)


 枝野さんに首切りされた事で有名になった、そして最近では こんな処 でもご活躍されている元「改革派官僚」として名高い古賀茂明氏の著書。

 これは実に感銘を受ける名著だね。

 取り合えず、TVの中ではやたらと叫ばれている「公務員改革」だとか、「官僚は悪」といった世界感を実態も知らないまま盲目的に「悪」と刷り込まれている「無知な市民」にとっては必携な一冊だと思う。



 ・『宇宙137億年のなかの地球史』 川上紳一 (PHPサイエンス・ワールド新書)


 所謂「地学」的な雑学をインプットしてくれる興味深い一冊。

 純粋に読んでいて一服出来る一冊だよね。



 ・『暴力団』 溝口敦 (新潮新書)


 これもまた、例の漫才師SSの一件もあってタイムリーな一冊。


 但し、日本社会に歴史的に深く巣作る暴力団の実態を分かり易く解説しており、ある意味、「実用書」とも言えるのかも?



'11-11-07 最近読んだ本-02



 ・『ジャズ・ヒップホップ・マイルス』 中山康樹 (NTT出版)


 1992年にリリースされた、ヒップホップに接近した Miles Davis (マイルス・デイヴィス)のラスト・アルバム "Doo-Bop" (↓)を丁寧に紐解く事によって、「ヒップホップこそ現代のジャズ」だという結論を導出す論評を披見する一冊。



Miles David - Doo-Bop
Miles Davis − "Doo-Bop"



 従来、ヒップホップとジャズの親和性については嫌という程語られてきたわけで、この本で、改めて語られた処で「またか?」っていう感もなきにしもあらずなんだったわけだけども、著者の愛情溢れる緻密な「状況証拠の積み上げ」によるある種の説得力が、この類稀ないミュージャンの「絶筆」に「最後の傑作」と言わずにおられない「後押し」を与えていると唸らづにはいられない力作。



 ・『中村とうようアンソロジー』 (MUSIC MAGAZINE増刊)


 先日 お亡くなりになられた音楽評論家 中村とうよう氏 の生前の評論をまとめた重厚な一冊。

 この日本の音楽シーンにおいて、氏の蒔いた種から芽吹いたモノを再確認。



 ではでは........本は、読んだ皆に等しく、潤いのある人生の「休憩所の一角」を与えてくれるものだと思う。


 もし、君が、そこに、人生を豊かにして、「良き生活者」として楽しく生きる何かを見つける気が少しでもあるのなら........


 年寄の戯言として........


 若い連中よ、もっと、人生を色彩豊かにしてくれるモノに「投資」しろよ。


 
 TVゲームやら、いい加減にして、


 自分の教養を磨き、どんな分野においても、「ホンモノ」が分かる「見識」を少しでも身に付けてみたいものだよね

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